『アラバマ物語』感想※自分の信念を貫きたいあなたを奮い立たせるドラマ

『アラバマ物語』(1963年)

『アラバマ物語』(1963年)

主演:グレゴリー・ペック

人種差別に立ち向かうひとりの弁護士の苦悩を、幼い娘の視点から描いたヒューマンドラマの佳作。高潔とは何か、尊厳とは何かを問う物語でありながらも、なぜかやさしい気持ちにさせる作品に仕上がっている。不条理に抗って、自分の信念を貫きたいあなたの共感を誘う『アラバマ物語』の魅力をご紹介!

この映画、こんなあなたにおすすめです!
  • 逆境に身を置いても自分の信念を貫きたい方
  • 人間の素朴なやさしさに触れたい方
  • 海外の法廷もの、弁護士ドラマが好きな方
  • こましゃくれた子役が出演する物語に目がない方
目次

『アラバマ物語』の感想

安売りしない一本芯の通ったヒューマニズム
『アラバマ物語』を見て感じた印象を筆のすさびで表現

見る者の威儀を正させる端正な作品

見終わったあと、しんとした手応えが残る映画があります。『アラバマ物語』がまさにそうです。人目を引くような派手さはないけど、心に襞(ひだ)にまで染み入っていく。「ちゃんとまじめに生きなきゃな……」と居住まいを正させる力がある。「しっかり人生まっとうしなきゃな……」と威儀を正させる薫陶がある。そんな映画です。

子ども目線だから、手触りがやさしい

だからといって堅苦しい映画ではありません。最後までリラックスできて息の詰まらない物語を見届けることができます。それというのも、6歳の娘、スカウトが大人になって当時を回想する形式を採用したことが大きいようです。子どもから見た視点が、重いテーマながら手ざわりのやさしい印象にしているのではないでしょうか。

安売りしない、一本芯の通ったヒューマニズム

後半からの法廷劇で、物語は山場を迎えます。
「人種差別はけしからん!」というメッセージを声を大にして伝えるには恰好の場面展開ですけど、この映画の作り手は、一歩身を引いた視点から、抑え気味の筆致で人の世の不条理を冷徹に活写しました。そこに『アラバマ物語』の作品としての懐の深さと厚みを、ドラマとしての謹厳実直な姿勢を感じさせるのです。

声を張り上げて安易なヒューマニズムを押し付けるだけでは、現実は何も変わらないかもしれない。声だけ達者で、内実の伴わないスローガンほど、ヒューマニズムから隔たること遠いものはありません。

どうしようもない現実をしっかり引き受けていこうという真摯な姿勢から、どうしようも ” なくはない ” ブレイクスルーのいとぐちをつかむことができるのではないでしょうか。安売りしない、一本芯の通ったヒューマニズムの真髄がここにあります。

『アラバマ物語』作品情報

監督ロバート・マリガン
脚本ホートン・フート
制作アラン・J・パクラ
音楽エルマー・バーンスタイン
出演・フィンチ・・・グレゴリー・ペック
・スカウト・・・メアリー・バダム
・ジェム・・・フィリップ・アルフォード
・ブー・・・ロバート・デュバル
・トム・・・ブロック・ピーターズ
・ディル・・・ジョン・メグナ
受賞【1963年(第35回)アカデミー賞】
・主演男優賞(グレゴリー・ペック)
・脚色賞受賞(ホートン・フート)
ジャンル社会派ドラマ/ヒューマン映画

ストーリー

アラバマ州の南部の田舎町に住むフィンチ(グレゴリー・ペック)は良心と公正を重んじる弁護士。妻を亡くしたフィンチは男手ひとつで、ジェム(フィリップ・アルフォード)とスカウト(メアリー・バダム)を育てている。ある日、フィンチは白人娘への暴行罪で起訴された黒人青年トム(ブロック・ピーターズ)の弁護を引き受けることに。人種的偏見が根強く残る田舎町では、フィンチへの風当たりは容赦ない。そんななかでフィンチは、トムの無罪を立証するために孤軍奮闘する。物語全編を通して、フィンチの娘スカウトの視点から大人の世界、不条理な社会を描きだすヒューマンドラマ。

『アラバマ物語』のキャストについて

フィンチ(グレゴリー・ペック)

主人公フィンチ(アティカス)役のグレゴリー・ペックは、揺るぎない公正さを持つ、実にクレバーな弁護士を力演しています。周囲の偏見に臆することなく、自らの信念をまっとうする紳士を、地に足のついた演技で粛々とこなしているが、まったく無理がない。どこまでも自然なんですね。

なんだか役柄がおさまりすぎているので、ふだんからグレゴリー・ペックは知的で上品な物腰の人格者だったのかなと思ってしまう。それくらい、感情を抑えた静かなたたずまいが堂に入っています。

役者としての雅量もあり、豊かな遊び心もあり、敬意を表すべき芸格がある。この頃のグレゴリー・ペックは、正統派二枚目を脱して、力感をみなぎらせながら円熟に向かっています。

スカウト(メアリー・バダム)

スカウト役のメアリー・バダムの、全身360度抜かりのないチャーミングな演技は微笑ましい。こまっしゃくれたところが可愛いのです。

それでいて物語をよどみなく引っ張るだけの、天性の存在感も持ち合わせている。彼女のみずみずしさには繊細さと生硬さが共存していて、それが鮮烈な印象を残すのです。豊かな天稟(てんぴん)を感じさせる人だけに、もっと「メアリー・バダム出演作品」を見たいものだなと。

物語の終盤、スカウトが謎の隣人ブーと手をつなぐシーンは、あなたの中にあるピュアな気持ちを呼び起こして、じんわりと温かいものが胸にあふれること請け合いです。

たとえ人に侮辱されても、わざわざ ”傷つく態度” を選ぶことはない~『アラバマ物語』コラム

『アラバマ物語』の中で、とりわけ鮮やかに印象に残っているのが、フィンチが彼を目の敵にしている卑劣漢から顔に唾を吐きかけらるシーンです。

フィンチは毅然として態度を崩さず、静かにハンカチで顔を拭って、悠揚迫らざる態度で車の乗ってその場を去ります。その堂々とした美しいたたずまいに、すっかり心酔しきってしまいました。「人間、このように気高くありたいものだ」と。

昔、僕にも侮辱された経験があるのですが、フィンチ氏のような立派な態度で相手をあしらうことはできませんでした。脊髄反射的にカッとなって、相手につかみかかってしまったものです。今思い出しても恥ずかしい。

ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)という言葉があります。
貴い者は、それにふさわしい振る舞いをするべきであるという、ひとつの倫理観です。思うにノブレス・オブリージュは、身分の高い人や、やんごとなき人々だけの特権ではありません。自覚する人なら誰でもノブレス・オブリージュは当てはまる。あなたにも当てはまる。僕はそう考えています。

イヤなたとえですが、あなたが卑劣な人間から侮辱されたとしましょう。
あなたがわざわざ相手と同じところに降りていって、見苦しい諍いを起こす必要はあるのでしょうか。その相手に影響されて、わざわざあなたが翻弄されて、心のバランスを崩す値打ちはあるのでしょうか。それって自分の手でノブレス・オブリージュを反故にするようなものでしょう。

侮辱されたからといって即、あなたの不名誉になることはなりません。
相手の侮辱に、傷つくか、それとも涼しげに受け流すかは、あなたが決めることではないでしょうか? 主導権はいつだってあなたにあります。気の毒な相手に一瞥をくれて、堂々とした態度でその場を去ったほうが、自分の品位を保てるのではないかと。

相手が卑劣で、不誠実で、大人げない人間であるほど、相手と同じ土俵には上がらない━━ その揺るぎない決意が、あなたの生き方の選択肢を増やし、健全な自己肯定に結実してゆくことは間違いありません。

『アラバマ物語』のフィンチ氏の姿を思い出すたびに、僕は「ノブレス・オブリージュ」という言葉を思い返します。これからもずっと、折に触れて思い返すことになるでしょう。

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※ただし時期によっては『アラバマ物語』の配信およびレンタル期間が終了している可能性があります。

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