1976年版『犬神家の一族』
2006年版『犬神家の一族』
横溝正史の原作を市川崑監督が見事に映像化。プロデューサー角川春樹による映画と本の相乗効果を狙った宣伝が奏功し大ヒット。記念すべき「角川映画」の第1作。信州の財閥、犬神家の遺産相続をめぐる骨肉の争いは、やがて不気味な連続殺人事件に発展。名探偵・金田一耕助がからみあう憎悪をときほぐし、謎を解決するミステリー。『犬神家の一族』の旧作(1976年版)、新作(2006年版)を見比べての感想や考察、見どころなどをご紹介。
- 『犬神家の一族』のあらすじは?
- 旧作(1976年版)、新作(2006年版)は何が違うの?
- 『犬神家の一族』のみどころは?
- 新作と旧作、それぞれの感想はどう?
- 『犬神家の一族』の新作・旧作それぞれのキャストの考察は?
『犬神家の一族』のあらすじ
信州財界の巨頭にして製薬王、犬神佐兵衛が親族に見守られる中で永眠。
それから7ヶ月後。
遺言状があまりにも常軌を逸する内容のため、容易ならぬ血みどろの事件が起こることを懸念した古館法律事務所助手・若林は、探偵・金田一耕助(石坂浩二)に調査を依頼。探偵は犬神家のある信州那須湖畔に赴く。
だが金田一が到着後、若林が変死。
若林にかわって弁護士古館が、金田一に捜査の継続を依頼する。
犬神家の家族構成は複雑きわまりない。
それというのも、佐兵衛翁は正妻をもたず、母親の違う娘、松子、竹子、梅子がいたからだ。
佐兵衛翁に父としての愛情を感じなかった娘たちは、それぞれ婿養子をとって、息子がひとりずついた。
・松子……佐清(すけきよ)
・竹子……佐武(すけたけ)
・梅子……佐智(すけとも)
とりわけ松子の息子、佐清の存在感は異様だった。
戦争で顔に大火傷を負い、奇怪なゴムマスクを被った彼を見た親族たちは、おぞ毛立つほど厭わしく感じている。
さらに、犬神家の血筋ではないが、佐兵衛の恩人である野々宮大弐の孫・珠世が犬神家に寄寓。
金田一が那須に到着早々、珠世が乗ったボートに細工が仕掛けられて、あやうく沈むところを金田一が救助。事なきを得る。
そんな関係者一同が集まり、金田一立会いのもと、遺言状の内容が公開されると一族に衝撃が走った。
佐清、佐武、佐智のいずれかを配偶者として選ぶことを条件に、珠世に全財産の象徴である犬神家家宝「斧・琴・菊」を与えるというものだった。
松子、竹子、梅子は激昂し、珠世を恨むとともに姉妹の仲はほとんど決裂状態に。
やがて、竹子の息子、佐武が何者かに惨殺される。
ただの殺人ではない。なんと、切り取られた生首が菊人形の首にすげかえられているという猟奇的な殺人事件である。
さらに、梅子の息子、佐智も絞殺される。彼の首には琴の糸が巻きついていた。
犯人からのメッセージなのか、あきらかに、家宝「斧・琴・菊」に見立てた殺人と思わせずにおかない。
そして、さいごの「斧」に見立てた殺人も容赦なく実行される。
次から次に犠牲者が増えていくなか、金田一は一歩ずつ犬神家の核心に肉薄していく。
・犬神家に接触している謎の復員兵の存在
・佐兵衛翁の愛人である青沼菊乃の息子、「青沼静馬」の野望
・神官、野々宮大弐と犬神佐兵衛翁との関係、そして珠世の出生の秘密
これらの事実や判断材料から推理を進めて、血塗られた犬神一族の謎をあざやかに解き明かした金田一は、意外な人物の前でおもむろに告げるのだった。
「犯人はあなたですね」
『犬神家の一族』の作品情報
『犬神家の一族』旧作(1976年)と新作(2006年版)作品データ比較
1976年版 | 2006年版 | |
---|---|---|
監督 | 市川崑 | 市川崑 |
脚本 | 長田紀生/日高真也/市川崑 | 長田紀生/日高真也/市川崑 |
制作 | 市川喜一 | 黒井和男 |
製作総指揮 | 角川春樹 | - |
原作 | 横溝正史『犬神家の一族』 | 横溝正史『犬神家の一族』 |
撮影 | 長谷川清 | 五十畑幸勇 |
音楽 | 大野雄二 | 谷川賢作、大野雄二 |
編集 | 長田千鶴子 | 長田千鶴子 |
出演 | 金田一耕助:石坂浩二 野々宮珠世:島田陽子 犬神佐清/青沼静馬:あおい輝彦 犬神松子:高峰三枝子 犬神竹子:三条美紀 犬神梅子:草笛光子 犬神小夜子:川口晶 はる(那須ホテル女中):坂口良子 犬神佐武:地井武男 犬神佐智:川口恒 猿蔵:寺田稔 お園(松子の実母):原泉 大山神官:大滝秀治 警察署長:加藤武 那須ホテルの主人:横溝正史 久平(柏屋の亭主):三木のり平 宮川香琴(琴の師匠):岸田今日子 古館恭三弁護士:小沢栄太郎 犬神佐兵衛:三國連太郎 | 金田一耕助:石坂浩二 野々宮珠世:松嶋菜々子 犬神佐清/青沼静馬:尾上菊之助 犬神松子:富司純子 犬神竹子:松坂慶子 犬神梅子:萬田久子 犬神小夜子:奥菜恵 はる(那須ホテル女中):深田恭子 犬神佐武:葛山信吾 犬神佐智:池内万作 猿蔵:永澤俊矢 お園(松子の実母):三條美紀 大山神官:大滝秀治 警察署長:加藤武 那須ホテルの主人:三谷幸喜 久平(柏屋の亭主):林家木久蔵 宮川香琴(琴の師匠):草笛光子 古館恭三弁護士:中村敦夫 犬神佐兵衛:仲代達矢 |
上映時間 | 146分 | 134分 |
映画『犬神家の一族』感想
くせになるややこしさ
『犬神家の一族』はややこしい物語だ。
あらすじを書くの難儀したほど、人間関係が錯綜している。
でもこのややこしさはクセになってしまう。
ややこしくからみあう愛と憎悪の物語はいったん走り出したら、さいごまで目を離せない。
おどろおどろしいホラー味、ケレン味もたっぷり。何度も何度も見たくなるのはそのせいだろう。
1976年版を視聴後、続けざまに2006年版を見ても飽きることなく楽しめたくらいだから。
佐清の不気味なマスク、にょきっと湖から突き出した両脚、絶世の美女、飄々とした名探偵 ━━ 道具立てにもぬかりなし。
横溝正史の推理作品の中では『犬神家の一族』がもっとも映像化しやすいのかもしれない。
(小説の完成度で言えば、個人的には『獄門島』を推したいところだけど)
市川崑監督の演出も冴えわたってい、細部の隅々にまで目が行き届いている。
ややこしい物語だけれど、文句のつけようがない仕上がりだ。
角川の戦略が奏功した大ヒットミステリー
1976年版が公開されたとき、『犬神家の一族』は日本中に強烈なインパクトを与えた。
一度見たら忘れられないほどに。
仕掛け人である角川春樹氏もさだめし ”したり顔” だったことだろう。
角川書店は、横溝正史の原作本と映画を、CMを通じて大々的に宣伝。
いまふうに言えば「メディアミックス戦略」が奏功した。
『犬神家の一族』はあとは、石坂主演の金田一シリーズが4作品制作されたほどだ。
『悪魔の手毬唄』(1977年公開)
『獄門島』(1977年公開)
『女王蜂』(1978年公開)
『病院坂の首縊りの家』(1979年公開)
すっかりミステリー映画の代名詞になった金田一シリーズ。
あの世界観は、70年代という時代のざらついた空気とうまく溶け合ったのかもしれない。
からみあう憎悪とおぞましさのなかにある「美」
この映画、怖いばかりではなく、ユーモアの出汁(だし)も適度に効いていて、娯楽作品としても第一級。
日本家屋の陰翳から何が飛び出しても不思議ではないお化け屋敷的な楽しさを堪能できる。
特筆すべきは、からみあう憎悪とおぞましさのなかにある「美」を引き出した監督の手腕だ。
人間のもつ怖さと背中合わせにある妖美を、名人気質の市川崑の演出によって絞りきれる限界まで絞り出されている。
佐清も怖いし、死体も恐ろしいが、もっとも怖いのは人間である。
とくに金田一耕助が「犯人はあなたですね」と指摘した、真犯人が不敵に口元を緩めるシーンは白眉というほかない。
犯人の狂気と風格が打ち消し合うことなく共存していて、おぞましい美しさをたたえている。
2006年版の真犯人の堂々たる風儀の演技だったが、やはり1976年版の真犯人に大きく水をあけられているように思う。
1976年版と2006年版を見比べての感想
『犬神家の一族』の1976年版と、30年後の2006年版リメーク版では何が違うか?
監督・主演も同じだし、細かい点に違いはあるけれど大枠のストーリーもまったく同じ。
2006年版はややマイルドになった感が否めないが、1976年版があまりにも、”えぐみ” が主張していたとも言える。
前作の完成度を壊すことなく、慎重なリメークに努めた作風が、かえって辛口評価を招いた2006年版。
たしかに「可もなく不可もなし」ならば、わざわざリメークする意味はない。
しかし個人的には2006年版は嫌いではない。
構造がすっきり明快になったぶん、晦渋さがやわらいで、よりすっと入っていける印象がある。
ただ2006年版にはひとつだけ残念な点があった。
消えたセリフ
1976年にはあった「衆道の契り」というセリフが消えていたことだ。
そこには事情があるのだろうし、大時代な表現を使って晦渋にしない配慮もよくわかる。
でも、物語と骨がらみになった妖美さを際立たせる言葉をカットすると、映画そのものが発する艶(つや)が雲散霧消しかねない。映像を引き立たせるのも言葉でありセリフだと思うから。
観客への配慮は行き過ぎてしまうと、『犬神家の一族』の持つしたたるようなおぞましさが減殺されてしまうのではないだろうか。そこはコンテンツとして奥行き深い『犬神家の一族』である。少し突き放すくらいでも、観客は付いてきてくれるように思うのだが。
どうか次のリメークでは「衆道の契り」を復活させてくださいね。
(誰にお願いしているのかな?)
『犬神家の一族』出演者に対する考察
旧作・新作共通の出演者
石坂浩二(金田一耕助役)
希代の名探偵はテレビを含めると実にいろんな実力派俳優が演じている。しかし、「金田一耕助といえば石坂浩二」というゆるやかな決めつけが、衆目の一致するところだろう。原作者の横溝正史は、金田一耕助役を石坂浩二のようなスマートで知的な俳優ではなく、もう少し野暮ったい俳優に演じてもらいたかったそうだ。
たしかにこの人はいささか二枚目にすぎるかもしれない。だが、飄々として怖がりなわりには、怜悧で端倪を許さない金田一の個性は、石坂浩二にぴったりだと思う。まさに「金田一=石坂」は当たり役、はまり役だろう。
1976年版の『犬神家の一族』では、スマートななかにも野趣が垣間見えて、落ち着きのなさを落ち着いた演技でこなしているように見える。2006年版では、もう円熟を通り越して、仙人のような金田一耕助を楽しめた。
それでいて張りが損なわれていないどころか、ますますみずみずしく張りがある。還暦過ぎても優男を立派な貫禄で扮演しているのに感服しないわけにはいかない。必死に年齢に抗っている見苦しさを見せるのは、この役者の美学に反するのだろう。そんな矜持がこの人の演技から漂ってくる。
金田一のやさしさは、冷酷非道な人間でも、正義をふりかざすことなく、粛々とファクトを集めて謎を解明していくふるまいに表れているように思う。憎悪や怨念にすら共感・共苦して、犯人に理解を示そうとするのである。原作の金田一耕助像とはいささかズレているとしても、「金田一耕助といえば石坂浩二」は永遠だ。
加藤武(警察署長役)
この人の威勢によい「よし、分かった!」という決めつけほど当てにならないものはない。おどろおどろしい金田一シリーズの世界観のなかで、ふっと肩の力を抜いてくつろいだ笑いを提供している。
しかしこの人の存在感はギラついていて、他の追随を許さない。石坂浩二出演の金田一シリーズは全作この人だし、テレビの警察署長役もこの人である。余人には替えがたいという証拠だ。
警察署長からヤクザまで、「加藤武」一本でいけるというのも一驚に値する。芸域が広いというのではなく、どんな役柄でも「加藤武」に吸収できるほど、並外れて深い個性といえよう。
大滝秀治(大山神官役)
日本映画界屈指の名バイプレーヤーだ。間の取り方、感情の起伏のつけ方、表情の抑え方、すべてに納得できる。ある種のたどたどしい演技が、手に汗握る緊迫感の効果を上げることをこの名優は熟知している。だからこの人が激昂したときは鬼気迫るものがあるのだ。
映画はもちろん、テレビドラマ『特捜最前線』でも厚みのある存在感をみせた大滝秀治。ケレン味たっぷりな作品に出演しても、この役者だけは染まることはなかった。独自の飄々とした持ち味は至高の域に達している。加藤武同様、この人もまた、どんな役柄でも「大滝秀治」に収束させるのだと思う。
旧作(1976年版)の出演者
島田陽子(野々宮珠世役)
押しつけがましくない美しさに説得力がある。
「箱入り娘度120%」といったところ。
どんな親でも「蝶よ花よ」と溺愛してしまう可憐さだ。
いたずらっぽい優美さと、肉感を伝える積極性があると、『犬神家の一族』らしい妖美を放つと思うけど、あまり贅沢な注文は言えない。
線は細いが、芯の強さを感じさせる。
透明で淡い哀感をともなうたたずまいは、じつに様子がいい。
あおい輝彦(犬神佐清 / 青沼静馬役)
佐清という特異なキャラの存在感が、あおい輝彦の個性を呑み込んでしまったと言えるかもしれない。
それくらい佐清は突き抜けていたのだろう。
この人は凜々しさよりも、放心状態や茫洋とした表情に味わいがある。
ひとつひとつの演技には心が込められているが、個人的にはもっと野放図で無軌道なこの人の暴れっぷりを見てみたい。
高峰三枝子(犬神松子役)
齢を重ねても、この人のフォトジェニックな美しさは色褪せない。
高峰三枝子の微笑みは、ちょっと冷笑の趣きがあるが、それでさえ許せてしまう。
この人には謙遜はそぐわない。
自分の美しさへの自覚が、出演作品に輝きを与えるのだ。
『犬神家の一族』の松子役では練達の域に達した格調高い演技を見せてくれる。
何度見ても見飽きることがない。
新作(2006年版)の出演者
松嶋菜々子(野々宮珠世役)
島田陽子が「押しつけがましくない美しさ」なら、この人が演じる珠世は「ごまかしようがない美しさ」だろう。
「箱入り娘度80%」くらい。この人の内面からにじみ出る独立不羈の精神は、おぼこく見せても隠しがたい。
360度全方位型の美人というのは、演技をすると嘘が目立ちすぎるのが通り相場だけれど、この人の演技は実に実直で端正だ。
ありとあらゆる美人役を演じてきたこの人は、これからのステージでいったいどんな演技を見せてくれるのか、すこぶる興味がある。願わくばもっと肉感を伝えてほしい。
尾上菊之助(犬神佐清 / 青沼静馬役)
この人の佐清(静間)には有無を言わせぬ説得力があった。
いい意味で気負いが感じられて清々しい。
松子役:富司純子と本物の親子共演は、何というかいささか眩しすぎるというか、気恥ずかしいというか、悪い意味ではないのだけれど。しかしこの役者の実力が十分にうかがえる見事な妙演だった。
役者として必要とされる貫禄に不足はない。
佐清/静馬役に必要とされる青臭さにも不足はない。
富司純子(犬神松子役)
1976年版の松子役:高峰三枝子の印象が強いせいか、この人の松子にはいまいちピンとこなかったけど、物語の終盤ではつい引き込まれてしまった。
この人は演技も生き方も潔い。
『緋牡丹博徒』のお竜のイメージが頭から去ってくれない。
富司純子という人は実に立派な年の重ね方をされているように思う。
年齢に抗わない凜然とした美しさをたたえているし、円熟味を出そうと必死になるのでもない。
どこまでも折り目正しく端正なるマインドが立ち居振る舞いに表れている。
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