『チャンプ』(1979)
主演:ジョン・ヴォイト/フェイ・ダナウェイ
うらぶれた元世界チャンピオンのボクサーの父と、彼を慕う息子との絆を描いた感動の名作。一度はボクシングを諦めたビリーは、息子T・Jのために、ふたたび栄光の座に返り咲くべく、再始動する。別れた妻のフェイ・ダナウェイの洗練された美しさと、子役リッキー・シュローダーの健気さは忘れがたい印象を残す。1931年公開、キング・ヴィダー監督『チャンプ』のリメイク。
- 最近涙を流していないので、そろそろ映画を見て盛大に泣きたい方
- 親子の交流を描いた映画がお好きな方
- かわいい子役が出演する物語に目がない方
- 子どもに健全な自己肯定感を持たせたい方
『チャンプ』感想
「泣ける映画」にはワケがある
「涙活」という言葉があることを最近知りました。
「涙活」とはあっさり言うと、適度に涙を流してストレスを解消する活動のことですね。今回ご紹介する『チャンプ』は「泣ける映画」として定評のある作品ですから、「涙活」には最適といえるかもしれません。なにしろ「泣ける映画」の3つの要件を満たしているので。
【1】「家族・親子の情愛」
幼い息子T・Jが父ビリーを慕う気持ちは、まじりけがないほどピュア。だらしなくおちぶれた元チャンピオンの父と、まったく疑うことを知らない息子のコントラストが鮮やかで、観客の心を激しく揺さぶります。(父ビリーが成功者なら、どんなにT・Jが健気な子供でもさしたる感動は生まれません)
【2】「喪失からの再生」
ビリーは元ボクシングの世界チャンピオン。現在は厩務員として働いています。ボクシングから離れて7年間、彼はいろいろなものを喪ってきました。それでも父親を「チャンプ」と呼び続ける息子の気持ちに応えるために、もう一度、チャンプに返り咲きたい━━ そんなビリーの再生物語は、ググッと胸に迫るものがあります。
【3】「死」
人間である以上避けられない「死」。『チャンプ』の物語にも、死が用意されています。哀しくてやりきれないけれども、釈然としない「死」ではありません。そこにはたしかな説得力がある。 だからこそ観客の心の琴線に触れて感動をもたらすのです。
「家族・親子の情愛」「喪失からの再生」「死」……3つの急所をおさえたところに、「泣ける映画」の ”チャンプ” としての貫禄があります。
少し野暮ったくてクサいくらいの予定調和がちょうどいい
監督はイタリア出身のフランコ・ゼフィレッリ。本場のオペラや古典劇に造詣の深い人だけあって、感動のツボを心得た見事な演出をみせてくれます。
借金のカタに、T・Jに贈った馬を持っていかれそうになったビリーはまとまった金が必要になりました。彼が恥を忍んでアニーに金を無心するシーンはなんともせつない。アニーもまた、やむにやまれず夫と息子に別れを告げて別の人生を歩んだ負い目からか、ビリーの要求に応じます。息子T・Jに愛を乞うアニーの姿から、やるせない心情が切々と伝わってくる。
「観客を感動させること」を至上命題にしたゼフィレッリの演出は、『チャンプ』の物語に、みずみずしい詩情と、良質で芳醇なメランコリーを与えることに成功しています。
そんな『チャンプ』にも、映画としての弱点があります。
たとえば映画の後半、ビリーは7年のブランクがありながら、いきなり世界タイトルに挑戦できてしまう……。このあまりにも唐突でリアリティを欠いた展開に閉口する人は少なくないかもしれません。
とはいえ、個人的にはフランコ・ゼフィレッリ監督による劇的効果を狙った予定調和はまったく気になりませんでした。辻褄を合わせるために説明が過剰になって映画がもたつくよりも、ドラマティックな演出を優先し、余計なプロセスをばっさりカットしたゼフィレッリの姿勢を「多」としたいです。
少し野暮ったくてクサいくらいが、『チャンプ』の映画としての美質をいかんなく発揮できるのではないでしょうか。
『チャンプ』のキャストについて
ビリー(ジョン・ヴォイト)
心をこめてのびのびと、やさぐれた元チャンピオンのボクサーを演じています。1978年『帰郷』でアカデミー主演男優賞を獲得したばかりだけあって、役者として気力が充実し、静かな自信がみなぎっているようです。
ぶっきらぼうでむきだしの情感を荒っぽくストレートに伝えても、そこはかとない人の良さがにじみ出ているので、観客の気持ちはこの人から離れることがありません。映画の最後、生き急いだ男の栄光と孤独が、重厚で哀切をきわめています。
アニー(フェイ・ダナウェイ)
ビリーの元妻であり、T・Jの母。デザイナーとして大成し別の男性と再婚を果たしています。一見、身勝手そうに見えるけれど、男をこしらえて出奔したというわけではありません。当時のビリーに妻の夢の実現をサポートするだけの寛大さがあれば、あるいは離婚せずに済んだのかもしれない。
そんなアニーを演じるフェイ・ダナウェイの演技力にはただただ圧倒されました。
息子T・Jと再会し、ずっと我慢して抑え続けていたけれど、ついにこらえきれずあふれてこみあげてくる感情。息子を想う母の真率な姿に激しく心を打たれました。母性と女性のせめぎあいを表現するのに、いかにも芝居がかったこれ見よがしな演技は微塵もありません。まっすぐ真に迫るものがあります。
T・J(リッキー・シュローダー)
『チャンプ』でゴールデングローブ賞新人男優賞を受賞した、天才子役の誉れ高いリッキー・シュローダー。その後も順調に俳優として活躍しているようです。
T・Jという少年は、「子どもはすべからくこうあってほしい」という大人の身勝手な理想が生み出した、イノセントの化身と言えるかもしれません。健全な子どもが持っているであろう、残酷さやエゴイズムや無分別さはきれいに削ぎ落とされています。でもイノセントな化身がいないことには、『チャンプ』の物語は成り立たないのでしょう。きっと。
リッキー・シュローダーの美点は、「土の匂い」を感じさせるところにあると思います。別の子役がT・Jを演じていたら、わざとらしい可愛らしさが悪目立ちして観客の心に届かなかったかもしれません。イノセントの化身と言っても無菌培養室で育てられたような、人工的な ”いたいけさ” は、T・Jにそぐわないということですね。
『チャンプ』作品情報
監督 | フランコ・ゼフィレッリ |
脚本 | ウォルター・ニューマン |
撮影 | フレッド・コーネカンプ |
音楽 | デイブ・グルーシン |
出演 | ・ビリー・・・ジョン・ヴォイト ・アニー・・・フェイ・ダナウェイ ・T・J・・・リッキー・シュローダー ・ジャッキー・・・ジャック・ウォーデン |
上映時間 | 123分 |
ジャンル | ヒューマンドラマ |
あらすじ
37歳のビリー(ジョン・ヴォイト)は、競馬場の厩舎で働く作業員。賭け事と酒に身をやつしているが、かつて世界チャンピオンの座に就いたボクサーである。8歳の息子T・J(リッキー・シュローダー)は、ビリーのことを「チャンプ」と呼ぶほど、父を慕い、いつの日にかビリーがチャンピオンの座に返り咲くことを確信していた。
ある日、ビリーは、かつての妻であり、T・Jの母であるアニー(フェイ・ダナウェイ)と再会。自分の夢を追うためとはいえ息子と離れてしまったアニーだが、T・Jのことを片時たりとも忘れてはいない。
いっぽうビリーは、ツキに見放されたのか、ギャンブルで大負けし、あまつさえ傷害事件まで起こしてしまう。ビリーは、わざとT・Jにつらく当たってアニーの元に行かせる。だが、父と離れがたいT・Jは、結局ビリーの元に戻ってしまう。
どこまでもまっすぐ父親を信じて誇りに思ってくれる息子の期待にこたえるために、ビリーはふたたび世界チャンピオンを目指して過酷なトレーニングを再開。
ついにタイトルマッチ当日。7年ぶりにカムバックを果たしたビリーの姿にやんやの喝采で沸きたっている会場。応援にかけつけたアニーの姿もみえる。そして、試合開始のゴングが鳴り響く……
子どもの自己肯定感を育むために~親が子に伝えるシンプルで説得力のある言葉
『チャンプ』のなかで涙を誘うシーンは、ラストだけではありません。この映画には至るところに泣かせどころが用意されています。
とりわけ僕の印象に残ったシーンは、タイトルマッチが決まったビリーとT・Jが海に行く場面です。息子は父に無邪気な様子で尋ねます。「アニーのことを好きだった?」と。ビリーの答えはこうです。
「大好きだったよ、だから、お前が生まれたんだ」
これほど、子どもの存在を肯定する言葉が他にあるでしょうか。
かつてビリーは、T・Jに「悪いママだったから死んだ」と教えこんでいました。しかし、アニーの存在を知ったT・Jに、母を受容する気持ちを持たせることが息子の幸せにつながることをビリーは悟ったのでしょう、母・アニーの「失地回復」「名誉挽回」を助けるのです。・・・自分が今度のタイトル戦で命を散らせたとしても、アニーがいるから大丈夫だと言わんばかりに。
それにしても、、、
「大好きだったよ、だから、お前が生まれたんだ」
ものすごく強い言葉だと思いませんか?
子どもに、「自分が、今、ここに存在するのは、家族と深い絆で結ばれたからだ」という因果関係を理屈抜きでわからせる、シンプルで明快な言葉だと思うのです。
なんといっても、子どもが、自分の存在根拠を認められ、自分が生まれた事実を歓迎されていることを肌感覚で実感できる点が素晴らしい。
もしあなたが親の立場なら、この言葉を現在形に変えて、アレンジして使ってもいいかもしれません。
「ママのことが大好きだよ、だから、お前が生まれたんだ」
「パパのことが大好きよ、だから、あなたが生まれたの」
親からこう言われて、嬉しくない子どもなんていないでしょう。
子どものやわらかい心の奥深くまで浸透して、豊かな情操を育み、健全な自己肯定感を根づかせる言葉ではないでしょうか。
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