『大いなる幻影』感想※この映画には紛れもない「人間」が描かれている

『大いなる幻影』

『大いなる幻影』(1937)

主演:ジャン・ギャバン/ピエール・フレネー/エリッヒ・フォン・シュトロハイム

第5回ヴェネツィア国際映画祭 芸術映画賞受賞。第一次世界大戦下のドイツ軍の捕虜収容所を舞台にヒューマニズムを高らかに謳いあげたジャン・ルノワール監督の畢生の名作。鬼才オーソン・ウェルズをして「生涯最高の一本」と言わしめた映画でもある。戦争のむなしさ、自由への憧れ、拭い難い階級意識、男同士の友情、愛する者との別離……凝縮した人間ドラマ『大いなる幻影』の見どころ、感想、レビュー。

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目次

『大いなる幻影』作品情報

監督ジャン・ルノワール
脚本シャルル・スパーク/ジャン・ルノワール
撮影クリスチャン・マトラ
音楽ジョセフ・コスマ
出演・マレシャル中尉・・・ジャン・ギャバン
・ボアルデュー大尉・・・ピエール・フレネー
・ラウフェンシュタイン大尉・・・エリッヒ・フォン・シュトロハイム
・ローゼンタール中尉・・・マルセル・ダリオ
・エルザ・・・ディタ・パルロ
上映時間114分
ジャンルヒューマン

あらすじ

フランス軍のボアルデュー大尉(ピエール・フレネー)とマレシャル中尉(ジャン・ギャバン)は偵察飛行中にドイツ軍に撃墜されて捕虜となる。

収容所ではすでに収監されていたローゼンタール中尉(マルセル・ダリオ)たちと意気投合。
彼らは一計を案じて収容所からの脱走をはかるが、突然、スイスに近いウインテルスボーンの収容所に移されてしまう。

新しい収容所の所長は、かつてボアルデューとマレシャルを撃墜し、丁重に遇してくれたラウフェンシュタイン大尉であった。
ここでもラウフェンシュタインはフランス軍捕虜を人道的に扱い、とくにボアルデューには敵味方を垣根を取っ払い、友人として敬意を払う。
なぜなら、ラウフェンシュタインとボアルデューは同じ貴族出身だったからだ。

いっぽう、マレシャルとローゼンタールはここでもまた脱走計画を立てる。
ボアルデューは自ら犠牲になって、中尉ふたりの逃走を手助けするが、それを知ったラウフェンシュタインはボアルデューを撃つ。

収容所から逃れたふたりは、ある農家に逃れる。
そこには寡婦のエルザ(ディタ・パルロ)と幼い娘が住んでいた。
そこで生活を共にするうちに、いつしかマレシャルとエルザは心を通わせ合うが、戦争がふたりを結びつけることを許さなかった……

『大いなる幻影』の感想・見どころ・レビュー

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コスパの悪い「名作映画」

「過去の名作映画を観てもつまらなかった」という意見は尊重されてしかるべきだと思う。
そりゃそうだろう。
テンポも悪いし、意味のない「間」があるし、どんでん返しも鮮やかでないし、中途半端に終わってしまう作品も少なくないし、これじゃ、せっかく2時間費やしたのに「コスパもタイパも悪い」。


・・・たしかに「コスパ」「タイパ」という観点で映画を観るなら、たしかに名作映画はつまらないだろう。

だからといって、映画通の方が「名作の良さがわからない奴は何もわかっていないと断じてしまうのはいささかおとなげない。
単純に、映画に求めるものが違うだけの話だから。

僕のように名作映画ばかり観ている人間でも、「なんだか退屈だな」と感じることはよくある。
感じるだけでなく、観ているうちについ「舟を漕ぐ」ことも一度や二度どころではない。
だが、名作の中には桁外れに退屈という映画もあって、あまりにも桁外れであるがゆえに強く印象に残る。

『大いなる幻影』もそんな名作の一本だ。

気晴らしの娯楽を求めるなら観る必要なし!だけど……

たとえ名作といえども、娯楽作品としてなら『大いなる幻影』はさして面白くはない。
なのに、なぜかずっと名状しがたい印象が残っている。

その印象の意味するところを知りたくて、再見すると、なんだか初見と趣きが違う。
人物の細部が実に丁寧に描出されていて、ハッとさせられるのだ。
こうなると、「桁外れに退屈」という不名誉な評価を撤回しなければ先方に失礼にあたる。

で、またぞろ日を空けて映画を観ると、ものすごく深く刺さるから驚いてしまう。
セリフにひとつひとつが、映画全体に伏流するメッセージが、心の「襞」に触れてくる。
ことここに至って「ああ、これは名作なんだ……」と深く感じ入るという寸法である。

つまりこういうことだ。
「おもろいか/つまらんか」という明快な判断基準だけで推し量れるほど、名作映画は単純ではない、と。

「おもろいか/つまらんか」という判断軸の向こう側に広がる滋味深い世界の発見━━ これが名作映画の真骨頂なのだろう。すっかりやみつきになってしまう。

『大いなる幻影』もそんなやみつきになった名作の一本である。
この映画には紛れもない「人間」が描かれているからだ。

気晴らしの娯楽や、コスパやタイパを求めるなら観る必要はないけれど、気晴らしの娯楽にすら飽きた人が行き着く世界がここにあるように思う。

ジャン・ルノワール/『大いなる幻影』が観る者に高揚させるもの

『大いなる幻影』の監督はジャン・ルノワール。
この人は、印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの息子である。
映画芸術を通して、人間存在の真実に肉薄しようとするその作家スタイルは、のちに活躍するヌーベルヴァーグの作家たちのロールモデルになったようだ。

『大いなる幻影』の中で描かれているのは、国境を超えた人間同士の友誼である。
ドイツ軍のラウフェンシュタイン大尉は、捕虜として連行されたフランス軍のボアルデューに人道的・紳士的に接する姿を見て、救われるような気分になる。そこにはわざとらしさや誇張はない。

エリッヒ・フォン・シュトロハイムが演じたラウフェンシュタインという人物に、ジャン・ルノワールの監督の反戦メッセージが塗り込まれているように思う。

あのきな臭い時代に、『大いなる幻影』のような作品がよく作れたものだと感心しないわけにはいかない。
戦意高揚映画ばかりが作られていたなかで、『大いなる幻影』が観る者に高揚を促すのは、人しての規矩(きく)であり、ヒューマニティーである。

2020年代になっても、いまだ「大いなる幻影」のまま

『大いなる幻影』には有名なエピソードがある。

戦時中、反戦的な内容であったために我が国では検閲に引っかかって上映禁止になった。
ドイツでも上映禁止だったそうだが、ヒトラーの後継者と言われたヘルマン・ゲーリング元帥は、たまたま『大いなる幻影』を観て感銘を受けたという。
やはり人の心にやさしく触れるものがあるのだろう。

そんな『大いなる幻影』には名シーンと名セリフが少なくない。
とくに映画のタイトルになったセリフが忘れがたい。

映画のラスト、脱走をはかったマレシャルとローゼンタールがスイスとの国境を前にしての会話。

マレシャル:「戦争などさっさと終わらせればいいんだ!これを最後に」
ローゼンタール:「それはきみの幻影だ」

『大いなる幻影』より

嘆かわしいことに、2022年になってもどこかの国は戦争を終わらせようとしない。
だからこそ、『大いなる幻影』はいまだ世界に指南力を発揮する映画だと思う。

大切に想う女性と別れを告げる朝、

「あなたにはわからないでしょう
 家の中にあなたの足音を聞く幸福を━━」

『大いなる幻影』より

・・・なんて言われた日には、たまらんでしょう?

戦争などさっさと終わらせればいいのです。
あれほどコスパの悪いものはない。

『大いなる幻影』のキャストについて

『大いなる幻影』

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マレシャル中尉(ジャン・ギャバン)

大好きな俳優だ。
この人の演技はこなれているが、姑息さがまるでない。
野暮な小芝居を嫌う人なのだろう。

本作でも役柄に過剰な思い入れみたいなものが入らないように、突き放したかのような自然体の物腰を最後まで崩さない。

ジャン・ギャバンのかっこよさは、さして美男子でもない容貌にあると想う。
淡い哀しみを漂わせたたたずまいに、男の色香が匂い立っている。
憮然とした面持ちにも華がある。

葛藤と相克を乗り越えた男が絞り出した人生の重み━━ これにはグッとくる。

『大いなる幻影』の後半、国外に逃げる途中でかくまわれた農家で、ゆくりなくも運命の女性と出会ってから、この人の「彩度」が高まるように感じた。
それでもジャン・ギャバンのスタイルは依然としてキープされる。

僕も美男子路線から外れているので、ギャバン路線に舵を切ろうと思う。

ボアルデュー大尉(ピエール・フレネー)

貴族階級のフランス大尉が、実に板についている。
階級の違うマレシャル中尉に、忌憚のないやりとりに努めるが、どうしても身についた貴族は拭い難い。
マレシャル中尉はなんとはなしに気詰まりを覚えるほどだ。
そんな、貴族特有のそこはかとない優越感の醸し出し方が巧い。

ボアルデューはマレシャルとローゼンタールの脱走を幇助し、わざとラウフェンシュタインに撃たれる。
そこに「ノブレス・オブリージュ」を観客に感じさせるのは、ひとえにピエール・フレネーという役者の厚みによるものだろう。

ラウフェンシュタイン大尉(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)

怪演といえばいいのか、妙演といえばいいのか、凄演といえばいいのか……
この人の存在感は強烈だ。
エリッヒ・フォン・シュトロハイムがいなければ、『大いなる幻影』を再見しようとは思わなかっただろう。

演技を離れたご本人は、やんごとなき出自ではないけれど、魁偉な容貌、押し出しの強さ、頭一つ抜けた個性を発揮して、貴族の称号を「自称」したというのだから驚いてしまう。

ラウフェンシュタイン大尉は、脊髄を撃たれたため、顎のところまでギプスをはめた痛々しい姿で登場するが、それでいて、まったく気遅れしない。
特筆すべきは、酒を飲む演技だ。
ガッチガチのギプスで固まった上体を、ひょいと仰け反らしてグラスを呷る姿が、グッとくる。
(何度も何度も、繰り返し再生してしまったほどだ)

同じ貴族出身ということで、ボアルデュー大尉とは肝胆相照らすのだけれど、マレシャル中尉には階級意識を隠そうとしない。
だからヒューマニズムといっても、まったくの白ではなく、「グレー」に位置している。

複雑な人間性と強烈にすぎる個性、そしてリアリズムを描出したこの人の「怪物性」は忘れがたいインパクトを残す。
この人の存在こそ、「大いなる幻影」なのかもしれない。

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