『男はつらいよ』(第1作)感想と考察※ダシを効かせた寅さんのクセになるマンネリズム

『男はつらいよ』(1969年)

主演:渥美清/倍賞千恵子/森川信/三崎千恵子/光本幸子

国民的人気シリーズ『男はつらいよ』の第1作は古き良き昭和のコメディが弾ける逸品。フェルト帽に窓枠格子のダブルの背広を粋に着こなす寅さんは、観る者をあたたかくやさしいノスタルジーに浸らせる。たっぷりダシのきいた浮き草の心意気はカッコよく、人生の哀歓を愛でたくなる。定型化したストーリーはマンネリズムとはいえ、クセになるほど心地よい。渥美清の至高の芸が堪能できる『男はつらいよ』(第1作)の感想・考察・解説を綴ります。

このページではこんな疑問を解決します!
  • 『男はつらいよ』第1作めの作品情報、あらすじは?
  • 「寅さん」の映画解説、感想、考察が知りたい!
  • 「寅さん」のキャラクターの面白さとは?
  • その他のキャスト、脇役の魅力は?
  • 『男はつらいよ』が視聴可能は動画サービスは?
目次

『男はつらいよ』第1作(1969年)作品情報

一筆感想

『男はつらいよ』ひとこと感想「愚兄賢妹」
『男はつらいよ』の感想を筆のすさびで表現
監督山田洋次
脚本山田洋次/森崎東
制作上村力
撮影高羽哲夫
音楽山本直純
編集石井巌
美術梅田千代夫
出演車寅次郎(渥美清)
さくら(倍賞千恵子)
車竜造(森川信)
車つね(三崎千恵子)
諏訪博(前田吟)
タコ社長・桂梅太郎(太宰久雄)
坪内冬子(光本幸子)
川又登(津坂匡章)
御前様(笠智衆)
源吉(佐藤蛾次郎)
川又登(津坂匡章)
諏訪飈一郎(志村喬)
上映時間91分
ジャンルコメディ/ロマンス

あらすじ

東京葛飾柴又帝釈天参道のお食事処「とらや」に、テキ屋の車寅次郎が20年ぶりに帰ってきた。

寅次郎の叔父・車竜造(おいちゃん)と妻・つねはびっくり。だが竜造夫妻以上に驚いたのは妹・さくらだった。寅次郎とさくらは異母兄妹だが、寅次郎が家出前まではさくらを可愛がっていた。さくらは兄と違い、品行方正な娘。高校卒業後、オリエンタル電機でキーパンチャーとして勤務している。

さくらは勤め先の小会社社長の子息とお見合いするが、親族代表として寅次郎が付きそうことに。ところがお見合いの席で寅次郎は酒は飲んで醜態をさらし縁談をぶちこわしてしまう。だがさくらはそれほど残念な様子でもない。

そんなさくらを以前から見初めていた男がいた。「とらや」の裏にある印刷工場で働く「博」である。さくらも博を好ましく思っているようだ。

さくらへの思慕を募らせる博に、寅次郎は「気安くさくらに近づくな」と釘を刺す。高学歴のぱりっとしたサラリーマンと結婚させる ━━ 妹思いの兄だが、浮き草稼業ではまるで説得力がない。

納得のいかない博は、江戸川堤の船内で寅次郎に談判するが、理路整然と「理」を説いても、不合理だが「情」で生きる寅次郎は納得しない。だがなんだかんだと言いつつ寅次郎はふたりの仲を取り持ち、やがて結婚へ。

いっぽう、寅次郎は幼馴染であり題経寺住職の娘・冬子と再会。子供の頃しょっちゅうからかっていた冬子は、すらりと清楚な美女に成長していた。寅次郎は冬子にすっかり惚れ込んでしまうが……

『男はつらいよ』の感想と考察

『男はつらいよ』感想・レビュー

TORASAN ━━ ニッポンの宝

『男はつらいよ』は令和の時代になっても、その人気は衰えず、国民的映画の地位を譲りません。
「アウトサイダー寅さん」の生き方は、生真面目な日本人の秘かな憧憬の対象なのでしょう。車寅次郎には、漂泊の美学があり、浮き草人生の心意気があります。

安定定着の人生を離れ、フェルト帽に窓枠格子のダブルの背広、寒い冬でも雪駄を履いて、トランク片手に気ままにぶらり旅。定着と放浪を行き来するなかで生まれるドラマに『男はつらいよ』特有の妙味があります。

寅さんは無学で粗野でいつもからっけつ。自分のことすら一人前に出来ないのに、他人の面倒をみようとする。こういうキャラクターは今の時代にはいそうにないけれど、日本人の原風景と馴染みがいいのかもしれません。

ひとり一台スマホを持つ時代でも、寅さんは仰ぎ見られる存在です。昭和の時代を知らない人も、どこか懐かしさがこみあげてくる。外国の方も寅さんファンが多いので、TORASANはニッポンの宝と言ってもいいでしょう。22世紀も、いや未来永劫残る宝です。

『男はつらいよ』ストーリーの基本パターン

『男はつらいよ』はオリジナルが48作品、特別編2作を含めると全50作。
“一人の俳優が演じたもっとも長い映画シリーズ”としてギネスブックに認定されています。

第1作から順番に見ないと筋がわからないような作品ではなく、どの作品から視聴しても楽しめるのでご安心を。
(マドンナ最多出演の浅丘ルリ子の出演作は順番に見たほうがより映画を楽しめます。第11作、15作、25作、48作、49作です)

というのも、ストーリーのパターンが決まっているからです。

STEP
帰還

テキ屋・啖呵売(たんかばい)を生業とする寅さん、望郷の念にかられたのか久しぶりに「とらや」に帰還。だが寅さんの性格上、すっと家に入っていけない。行きつ戻りつしながら、おばちゃんやさくらが寅さんに気づいて、あたたかく迎え入れられる。

STEP
親和

おいちゃん、おばちゃん、さくら、博、満男、そしてタコ社長たちに囲まれて、旅先でのよもやま話に花を咲かせる寅さん。

STEP
不和

仲良く家族団らんを楽しんでいると思いきや、些細なことで大喧嘩になる。

STEP
旅立

寅さん、ふてくされて、また旅立ってしまう。

STEP
邂逅

旅先で寅さんはマドンナと知り合う。マドンナはそれぞれトラブルを抱えていて、寅さんに相談。「困ったことがあったら葛飾柴又の『とらや』においで」とやさしく声をかける寅さん。

STEP
再会

マドンナが「とらや」を訪問。やがて寅さんも帰ってきて、マドンナと再会。

STEP
恋慕

マドンナと心を通わせているうちに寅さんはすっかりメロメロ。さくらやおいちゃんは「またいつもの病がはじまった」と辟易。これで身を固めるのではと期待も半分。

STEP
別離

寅さんの恋は実らない。(恋敵が現れるケースもあれば、寅さん自身が身を引くケースもある)

STEP
ふたたび旅立

失恋した寅さんはふたたび旅立つ。悲恋ではなく、すがすがしいラストシーンで映画は終わる。

これが「男はつらいよ」のストーリーの基本パターンです。
多少の例外はありますが、毎回このパターンで進行するため、何作品目から見ても『男はつらいよ』を楽しめるでしょう。

余談ですが、第2作目以降は、冒頭、寅さんが見る、カラフルな夢のシーンから始まる作品もあります。
股旅ものの時代劇、ミュージカル、海賊もの、マフィアもの、パニックもの、SFものまで、実に多彩な「寅さん劇場」が楽しめる。やがて寅さんが夢から覚めて、いつものタイトルコールが流れて本編スタート。

また、第42作から、寅さんのロマンスと甥っ子の満男の物語との2本柱構成になります。

クセになるマンネリズムの秘密

なぜ『男はつらいよ』は、毎回ストーリーが定型化しているのに、マンネリズムに堕することなく、いまだに多くの人々を虜にするのでしょう。

正確を期すなら、マンネリズムを回避できているのではなく、むしろマンネリズムそのものが堪えられない魅力となって観客の心をつかんだのではないかと。

魅力的な物語の3大要素を盛り込んだ「寅さん」は、内容がわかっていてもクセになるのです。

1.ロマンス

『男はつらいよ』の最大のみどころは、物語に華を添えるマドンナの存在です。旅先で寅さんと出会ったマドンナは、「とらや」に訪問。再会を果たした寅さんはマドンナにぞっこん惚れ込むが、結局、寅さんが振られるというのがおきまりのパターンは変わりません。

ですが、毎回振られっぱなしというのではなく、「浮き草稼業の自分は女性を幸せにできない」と身を引くこともある。マドンナに振られるように仕向ける寅さんが、切なくもいじらしい。

毎回、マドンナが誰が出演するのかファンは楽しみだし、素晴らしい演技を見せてくれたマドンナならまた出るかもと期待感が募ります。実際、浅丘ルリ子や竹下景子、吉永小百合、松坂慶子は複数回出演しました。

2.家族の絆

『男はつらいよ』があたたかく手ざわりがやさしいのは、「とらや」(40作目からくるまや)の家族を中心に描かれたホームドラマの要素も持っているからです。おいちゃん、おばちゃん、そしてさくらと博、息子の満男は、たまに柴又に帰ってきた寅さんをあたたかく迎え入れます。

寅さんをねぎらったり大喧嘩したり、寅さんとマドンナの恋の行方に気を揉んだり。ちゃぶ台を囲んでの家族団らんのシーンは、観ている側も「とらや」の一員になったような安らぎを与えてくれます。

家族の中心にいるのが、寅さんの異母妹であるさくらです。さくらの寅さんに対する兄妹愛が肌身に迫ってきます。ロマンスとしての「寅さん」には作品ごとにマドンナが存在しますが、「愚兄賢妹」のホームドラマとしてのヒロインはさくらです。

3.旅・冒険

寅さんは日本全国を旅しながら、啖呵売で生計を立てています。情緒漂う城下町、温泉地、名所に訪れてのふれあい……葛飾柴又だけではなく全国が舞台になっているため、『男はつらいよ』はロードムービーとしても絶品といえましょう。

ノスタルジックな昭和の風景は、日本人の原風景と重なって、観客を郷愁にさそう。若い世代も新鮮なまなざしで『男はつらいよ』を楽しめるでしょう。


このように、『男はつらいよ』は恋愛もの、ホームドラマ、ロードムービーの要素を兼ね備えているため、マンネリズムの良い側面が鮮やかに強調されるのです。クセになるほどに。

喧嘩をして罵り合って、お互いをさらけあうことで深まる絆

『男はつらいよ』考察

「とらや」の茶の間の団らんはほんわかとして心地よく流れるのですが、些細なことが引き金になって大喧嘩に発展します。食事のことや、ちょっとした勘違い、裏の印刷工場のタコ社長の失言など、ほとんど子供の喧嘩と選ぶところがありません。

喧嘩を仲裁するさくらが「お兄ちゃんが悪いわよ」ともっともな発言をして、寅さんがふてくされて家を飛び出す ━━ これも寅さんシリーズのお定まりです。

ところが「とらや」の車家では、家族が致命的に崩壊するようなシリアスな修羅場にはなりません。「おやおやまた始まったよ」とどこか楽しんでいる風情すら感じられる。喧嘩をして罵りあって、お互いをさらけあいぶつけあうのも、前提に信頼関係があるからです。

寅さんには「それを言っちゃあ おしめえよ」というセリフがありますが、家族はおしめえにはならないし、タコ社長とも訣別することはありません。かえって喧嘩するたびに、いよいよ絆が深まっていくようです。

フィクションの中ではなく、現実の人間社会や家族関係における喧嘩は、それほど生やさしいものではありません。絆を深めるどころか、関係を壊す喧嘩もあるでしょう。しかしこの映画の登場人物たちの喧嘩を見ていると、人間関係を構築するコミュニケーションの手段としての「喧嘩」が機能しているように感じられる。

毎回、喧嘩の原因をつくる寅さんが、喧嘩というトラブルを通して、さくらやおいちゃん夫婦、博、タコ社長を結びつける媒介役を担っているかのようです。

寅さんは聖人?

寅さんは一般常識ではとらえがたい人物です。
とくに第1作めから初期の頃の寅さんに顕著なんですが、まあ、なかなかのハチャメチャっぷりを見せてくれます。

周囲に迷惑かけては騒動を巻き起こし、言うことやること矛盾するし、言ってしまえば性格破綻者です。なのになぜか寅さんのキャラクターは憎めない。破天荒なふるまいを補って余りあるほどの美質を寅さんは持っている。

ただの反社会的な人間なら、「寅さん」はここまで息の長い人気作品にはなれなかったでしょう。破綻や不合理を抱えつつも、大衆の心をつかめるのは、寅さんが俗世を超越した「聖人」だからかもしれない。

そこで「車寅次郎=聖人説」です。といっても、さして珍しい説ではありません。

寅さんとイエス・キリストを比較している学者先生がおられるし、日本の神話世界でおなじみのスサノオノミコトとの共通点を指摘する方や、「貴種流離譚」の系譜を見る識者もおられる。ひとつ確実に言えるのは、現実の世界では寅さんは一騒動・一悶着を起こさずにはいられないトリックスターだということ。

寅さん行くところ、何らかの混乱があり、周囲を巻き込みます。それでいて、人を強烈に惹きつけるカリスマがある。周囲に迷惑をかけるかたちをとって、救済を与え、「光源」になり得ている。まさに「聖人」だからできるのです。

ならば『男はつらいよ』は “愚兄賢妹” ではなく、 “聖兄賢妹” の物語と言えるかもしれない。

フーテンの寅さんは、俗塵・俗情にまみれながらも、世俗の基準を超えた場所にいる人のような気がします。
常識では収まりきらない寅さんの個性が放つ輝きは、時代を超えて息苦しさを感じる人々に安らぎと活力を与えてくれるでしょう。

たっぷりダシを効かせたキャラクター

「車寅次郎=聖人説」はさておき、たっぷり「おダシ」が効いている寅さんというキャラクターには、時代を超えて観る者にほっと一息つかせる包容力があるようです。「おダシ」を効かせるなら「灰汁(アク)」や「雑味」や「えぐみ」が出るのは当然。きょうび料理だけではなく、映像作品においても「灰汁(アク)」や「雑味」や「えぐみ」を歓迎しない風潮ですが、不純な成分を抑えすぎると風味豊かな「おダシ」は作れません。

『男はつらいよ』(第1作)のキャストについての感想

『男はつらいよ』キャストについて

渥美清 – 車寅次郎役

この人も不世出の役者としてその名を語り継がれる人でしょう。渥美清にとって、車寅次郎は自分の人生そのものだったのではないでしょうか。寅さん一筋に生きて、寅さんに殉じた役者人生。巧拙という明快な二分法では、この役者の演技は推し量れません。

渥美清という役者は芸域が広いとは言えないような気がします。翻って言えば、芸域が広いタイプの器用な役者では寅さんというキャラクターは務まらないでしょう。芸を広げるのではなく、ひたすら芸を深めていく渥美清という類まれな個性をベースに、寅さんは創造されているように思います。

後年は貫禄で見させる演技を見せた人ですが、第1作では、たっぷりダシをきかせたバンカラ感たっぷりのコメディアンという印象。その粋なたたずまい、啖呵売のグルーブ感が心地よい。きびきびとしたパフォーマンスを通して、 “悲喜こもごもを生の充溢” を表現しています。

ユニークなのだけど、ごくまれに目に狂気が宿っていて、凄みにも不足はありません。不器用さに愛おしさがあり、下劣さにも華がある。ハチャメチャだけど、愛すべき破綻をたたえた寅さんを心ゆくまで楽しめます。

シリーズ全48作品 ━━ 芸を磨き込んで円熟の境地まで着実に進んでいく孤高の役者の姿を追えるだけでも、全作鑑賞の値打ちはあるでしょう。

倍賞千恵子 – さくら役

静かで落ち着いたたたずまい、あたたかく抑制のきいたヴォイス、のびやかで育ちの良さを感じさせる挙措、慈愛にあふれたまなざし、けっして矩をこえることはない安定感のある演技。昭和・平成・令和の名女優のひとりです。

並外れた演技力をもつ人なのに、「寅さん」シリーズでは演技力を出すまでもなく、自然体そのままのふるまいが「さくら」として結実しています。

あるいは役者としては、この人も渥美清と同じタイプなのかもしれません。つまり、芸域を広げるよりも、芸を深めていくタイプ。ですが、この人は物堅い姿勢を崩すことなく表現の可能性を追求していったように思います。

役者以外の表現活動で培った芸術性を、さらに役者に活かして、みずみずしく懐の深い演技に昇華させているようです。典雅で謙虚ですが力強い矜持も感じさせるのは、挑戦を重ねて達成を積み重ねてきたからでしょう。

寅さんというキャラクターの特異性を最大限引き出しているのが「さくら」です。寅さんや息子の満男は成長しますが、さくらを中心とした「とらや」の人々はずっと変わりません。「定着」の存在として、「とらや」からも離れることはない。

そんな「定着」の妹がいなければ、「放浪」の寅さんは色褪せてしまうでしょう。そんな変わらない存在であり続けるさくらを演じるのは、演技力以上の何かが求められるのではないでしょうか。渥美清以外に寅さんが考えられないように、倍賞千恵子以外にさくらは演じることはできません。

シリーズ全48作品続くほどの成功は、「さくら=倍賞千恵子」の存在に深く与っています。ゆえにヒロインなのです。

森川信 – 車竜造(おいちゃん)役

シリーズを通しておいちゃんを演じた俳優は3人。森川信(第1作~8作)、松村達雄(第9作~13作)、下條正巳(第14作~48作)。それぞれ独特の下町気質の味わいがあって、どのおっちゃんも捨てがたい。

森川信のおいちゃんは、寅さん同様、しっかりダシがきいているという印象。松村達雄と下條正巳に比べると、森川信のおいちゃんは少し人間が崩れているのも特筆に値します。

寅さんを思い浮かべて「馬鹿だねぇ~」としみじみと嘆息する表情が素敵です。

三崎千恵子 – 車つね(おばちゃん)役

この人も「寅さん」には欠かせない善良さの象徴みたいな人です。寅さんを際立たせながらも、ヒロイン・さくらを引き立てています。

全体を目配りしながらも、一歩引いた存在感のつねは役柄として難しいでしょうが、生き生きとメリハリのきかせてこなしている。まったく瑕瑾はありません。

細やかな気遣いにあふれていて、ぐうたらな寅さんに毒づく顔も愛嬌がある。名演と言えるでしょう。

前田吟 – 諏訪博役

さくらのパートナーにふさわしい好青年です。実直一筋、曲がったことは大嫌いだが、自分の「ものさし」を他人に強要しません。

この人の折り目正しい演技を観ていると、心が洗われて、清々しい心持ちになります。もう少し諧謔性や毒気があっても面白いのかもしれませんが、この人も寅さんのアクの強さを引き立てることでその存在感を輝かせる人なのかもしれない。

注意深く役者としてのエゴを抑えながらも、真摯な剛毅さを感じさせます。クレバーな演技力を持つ役者です。

太宰久雄 – タコ社長こと桂梅太郎役

個性がきらめくタコ社長を抜きにして「寅さん」は語れません。

「とらや」の裏にある朝日印刷の社長で、なぜか始終金策に走り回っている。すれっからしでほどよく俗塵にまみれているわりには、落ち着きがなく失言ばかりしているのがおかしい。

タコ社長がうっかり口が滑らせて、気色ばんだ寅さんが「このタコ!」と取っ組み合いの喧嘩が始まると、声を上げて笑ってしまいます。優れて達者な役者同士の掛け合い芸に唸らされる。この人のドライブ感を伴った滑稽味は、映画という表現形式だからこそ、じゅわっと溢れ出すのでしょう。

光本幸子- 坪内冬子役

御前様の娘であり、寅さんの幼馴染として登場。記念すべき初代マドンナです。すらりと小股の切れ上がったいい女ですが、箱入り娘のせいか世情の機微に疎く、ファンのあいだではマドンナとしての評価が低いようです。

ただ、第1作の制作時点では、ここまで長く続くシリーズになるとは誰も思わなかったでしょう。つまりマドンナという概念もなかったと思うのです。そう考えれば、後年のマドンナたちと「坪内冬子」を比較するのは公正とは言えないし、事情をくみとったうえで評価したい。

役柄はどうあれ、女優としての光本幸子の演技力は確かなものであるのは疑いようがありません。舞台で鍛えられた身のこなしはのびやかで隙がない。流麗な所作に品位を感じさせる。さりげない「しな」のつくり方も清潔な色香がある。「明晰な演技」と言っていいでしょう。

今作における坪内冬子の役割は、主人公である寅さんの「喜劇性」をとことん引き立てることにあるのではないでしょうか。さくらに想いを寄せている博に、寅さんは「要するに女をつかむのは目だよ(中略)なんとなくちらっと流すんだ」と恋愛アドバイス。それで寅さんは冬子相手に自らのテクニックを実践しますが、冬子の反応は「どうしたの?目にごみでも入ったの?」

こういう落語的なおかしみを表現するのに、乳母日傘の美女は欠かせないのです。

芸風に殉じた役者 ━━ 『男はつらいよ』コラム

役者・渥美清の生き方

国民的人気シリーズにして愛されるキャラクターを演じた渥美清。
まさに寅さんに殉じた役者人生と言っていいだろう。

喜劇役者の渥美清にとって憧れの存在は森繁久彌だった。
しかし、憧憬とは障壁にもなり得る。森繁久彌をひきずったまま、独自の芸風を確立できない渥美は相当呻吟したという。

役者としてのターニングポイントは、テレビ出演である。
テレビ版『男はつらいよ』で人気に火がついたのだ。

渥美清=寅さんのどれほど熱狂的な支持を得ていたかを示すエピソードがある。
テレビ版「寅さん」は最後にハブに噛まれて死ぬという笑うに笑えないラストだったため、視聴者から抗議の電話がテレビ局に殺到したという。今でいう大炎上だろう。

渥美も、寅さんがハマリ役である自覚があったようだ。
その証拠に、寅さん人気にあやかって大作映画の主演オファーが来ても断り続けている。
寅さんのイメージが壊れるのを俳優は危惧したのかもしれない。

なんとか折り合いをつけて、寅さん以外にも出演した映画で代表的な作品のひとつが『八つ墓村』である。
渥美は金田一耕助役を演じているが、演技が達者でも、観客の方が寅さんのイメージを払拭できなかったのではないだろうか。

1981年から最終作まで渥美清の付き人をしていた篠原靖治氏の『最後の付き人が見た 渥美清 最後の日』 (祥伝社黄金文庫)という本を読んで胸が熱くなった。病魔に冒されても最期の最期、ギリギリまで寅さんを演じ続けたその執念は凄まじい。

若い頃に大病を患い、片方の肺を摘出していた渥美清は、後年、『男はつらいよ』で大成しても、ストイックな役者哲学を貫き通す。本名:田所 康雄は、「寅さん=渥美清」をまっとうするために、家族にも見せない側面もあったのかもしれない。

ひたすら自分の芸風を「深化」させて、円熟に境地に達したこの人の生き方は、役者以外の職業でプロフェッショナルを目指す人々の光源となるだろう。

今はパラレルキャリアやパラレルワークが注目されている。
複数の仕事や役割を担うことでその人の人生が充実するならさしたる問題はないが、ひとつの職、ひとつの役割にすべてを注力したい人にとって「パラレル」な仕事観はどこか浮薄な印象が否めないのではないだろうか。

あらゆる領域でAIが実用化が進むなかで、変容を余儀なくされる仕事はこれからも増えていくだろう。
それは好むと好まざるとにかかわらず時代の趨勢である。
しかし、ひとつの仕事に情熱を傾けて、自分の技芸を磨き上げたり、芸風を深めていくという職業人の矜持は無くしたくない。「殉じる」という美風を失いたくない。プロフェッショナルの途はそこにしかないのだから。

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『男はつらいよ』は以下にあてはまる方におすすめです。

  • 古き良き昭和の喜劇を楽しみたい方
  • 噂にはかねがね聞いていたけど、まだ一度も寅さんを観たことがない方
  • 渥美清の芸を堪能したい方
  • 最近の薄味なコメディに食傷気味な方
  • ギネスにも載るほどの人気シリーズのルーツを探りたい方

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