アキ・カウリスマキ監督作品『浮き雲』感想※悲喜こもごもゆえの美しい人生を祝福する物語

『浮き雲』

『浮き雲』(1996年)

出演:カティ・オウティネン/ カリ・ヴァーナネン

フィンランドの鬼才アキ・カウリスマキ監督が手がけた、職を失った夫婦の再生の物語。極端なほど表情に乏しく、感情を削ぎ落としたような登場人物たちだけど、それでいて生彩に富んだ存在感は忘れがたい。世界中の映画ファンをうならせた佳品『浮き雲』の見どころ、感想、レビュー。

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  • 感想・レビューはどう?
  • 登場人物・キャストの魅力は?
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目次

『浮き雲』作品情報

監督/制作/脚本アキ・カウリスマキ
撮影ティモ・サルミネン
美術マルック・ペティレ/ユッカ・サルミ
音楽シェリー・フィッシャー
出演・イロナ・・・カティ・オウティネン
・ラウリ・・・カリ・ヴァーナネン
・メラルティン・・・ サカリ・クオスマネン
・スヨホルム夫人・・・ エリナ・サロ
上映時間94分
ジャンルヒューマン

あらすじ

舞台はヘルシンキ。
ラウリ(カリ・ヴァーナネン)とイロナ(カティ・オウティネン)は夫婦共働きで慎ましやかな生活を送っている。
夫のラウリは市電の運転手であり、妻イロナは名門レストランの給仕長だ。

だがある日突然、夫婦に不幸が出来事が訪れる。
ラウリが勤める市電で運転手をリストラせねばならなくなり、対象者を決めるくじでラウリは負けのカード引いてしまう。

イロナの勤めるレストランでは銀行とチェーン店が共謀して閉店に追い込まれ、従業員は全員解雇。
夫婦は新しい職を探し求めるが、折からの不況でどこも雇ってもらえない。

ふたりはなんとか再就職にこじつけるものの、夫は健康診断にひっかかり内定を取り消され、妻は勤め先の食堂でタダ働きをさせられる始末。

雇われて生きることをあきらめた夫婦は、自分たちで新しい店を出すことを決める。
まとまった資金を捻出すべく、一か八かのギャンブルに賭けるが……

『浮き雲』の感想・レビュー

『浮き雲』感想・レビュー

淡々と受け流す━━ 涼しげに生きる知恵

フィンランドは今でこそ「世界幸福度ランキング」で5年連続第1位になるほど豊かな国だけれも、この映画が制作された当時、深刻な不況に喘いでいたようだ。

主役である共働きの夫婦(ラウリ・イロナ)は、ある日職を失う。
中高年の失職はきつい。もちろん生計の途がなくなり貧窮の生活を余儀なくされる辛さもあるが、仕事がしたくてもできないもどかしさは自尊心への脅威にもなるだろう。
日々の仕事が、自らの人間的尊厳を支えるからだ。

夫婦は新たな職探しに奮闘するが、度重なる不運に見舞われる。
だが、感情を剥き出しにしたり取り乱したりしない。
過酷な運命に抗うために腐心するが、必死さや切迫感といったものが感じられない。
皮肉やあてこすりくらいしてもよさそうなのに、余計な台詞も口にせず表情を欠いたまま次の打ち手を考えていく。
この淡々としたペーソスが深く心に残る。

『浮き雲』は市井に生きる庶民の悲劇でもなく、悲劇にことよせたコメディでもない。
カテゴリは不分明だ。
どこか北野武監督作品と相通ずるものがあるように思う。
もっともこの映画にはさしてバイオレンスと呼べるほどのシーンはないけれど。

ラウリもイロナもなんの愛想もなく仏頂面だけれども、非人情というわけではない。
むしろ、ずっしりと持ち重りのする人間存在の確かさが感じられるのだ。
丹念に人間の陰影をとらえているように思う。

夫婦は自尊心を削り取られるような憂き目にあっても、あっさりと受け流しているように見える。
自分に同情するでもなく、自己憐憫に甘く憩うこともなく、もの静かに絶望をはねつけるしたたかさを持ち合わせているようだ。
あるいは、この淡々と受け流すスタンスが涼しげに生きる知恵といえるかもしれない。

生きる愉楽は、常に淡い哀しみと背中合わせ

ヒロインのイロナは「貧すれば鈍する」といった性質の弱さがなく、無表情のまま、今できることに全力投球する。
並の演出家なら、大向こうを唸らせるべく、イロナの台詞に人生訓を忍ばせそうなところだが、アキ・カウリスマキの傑出した演出にかかれば、いかなる意味においても通俗に堕することはない。
人物の彫琢にさりげない品位とセンスを感じさせる。

僕たちの実人生でも、ツイていないことが起こると不運を嘆き不遇をかこつものだ。
そんなときは通俗的なドラマの登場人物のように饒舌になるだろうか?
表情乏しく寡黙になるのが人性の自然といえよう。
内心は、「まだまだやれることがある」と、静かに心を決めているときほど人は押し黙る。
そういう意味で、『浮き雲』の夫婦は一見不思議な存在感を醸し出しながらも真に迫っているように思う。

『浮き雲』にはドラマティックというほどの見せ場はないが、人生の「妙味」とは非ドラマティックでおだやかな日常の中に見いだせるのではないだろうか。
夫婦の妙味豊かな人生は、ほろ苦さと淡麗さが互いを引き立て合っている。
まさに生の実相をとらえているがゆえに、国家や文化をまたぎ越して、観る者の心を静かに深く揺さぶるのだ。

ラストシーンを見て僕は確信した。
「ああ、これは悲喜こもごもゆえの、人生の美しさを祝福する映画なんだ」と。

『浮き雲』は雲をつかむような話ではない。
「生きる愉楽は、常に淡い哀しみと背中合わせである」という地に足のついた認識を新たにする物語である。

『浮き雲』のキャストについて

『浮き雲』キャストについての感想

イロナ(カティ・オウティネン)

不思議な魅力を放つ女優である。
美人なのか不美人なのかわからない不分明な艶やかさにハッとさせられる。

『浮き雲』の中では、効果的にチャイコフスキーの「悲愴」が流れるけれど、カティ・オウティネンの内省的なたたずまいにぴったりだ。

この人は役者として実力は相当なものだけれども、技巧倒れせずに淡々と不遇のイロナを演じ続けている。
一貫して無表情だけれども、冷たさを感じさせない。
精彩放つポーカーフェイスといえばいいだろうか。
滋味掬すべき妙演だと思う。

ラウリ(カリ・ヴァーナネン)

イロナとは違って、人間的弱さを抱えた夫を飄々と演じている。
実に憮然とした面持ちが絵になる役者だと思う。
中年の危機を陰影豊かに表現しながら、魅力を引き立たせる稚気を損なっていない。

ラウリは店の出資金のために、車を売却して得た金をギャンブルにつぎ込む。
ごく控えめに言ってもろくでもない意思決定である。軽率のそしりを免れないだろう。
だがそんな愚かしさですら、この俳優の持ち味にほどよく馴染んで、そこはかとない魅力へと昇華できている。まったく憎めないキャラだ。

この人を見ていると、少々、生活が傾いても、「でも、ま、たいしたことではない」と思える。
たしかに弱者だけど、弱者のままでもじゅうぶんメンタルがタフなのだ。実はこれが人としてもっともしぶとい。

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