『イヴの総て』(1950年)
主演:ベティ・デイヴィス/アン・バクスター/ジョージ・サンダース
(原題: “All About Eve”)1951年度アカデミー作品賞をはじめ6つのオスカーに輝いた演劇界の内幕ものの原点にして頂点となる名作。アメリカ演劇界を舞台に、ベテラン女優の付き人となった新進女優イブが狡知の限りをつくしてのしあがっていく姿を辛口のユーモアと卓抜なアイロニーをまぶして描く。イヴ役のアン・バクスターも素晴らしいが、大女優マーゴを演じたベティ・デイヴィスの演技は圧巻。『イヴの総て』の感想と見どころ、キャストについての考察を綴ります。
- 『イヴの総て』のあらすじは?
- 感想はどう?
- 『イヴの総て』のみどころは?
- キャストの魅力は?
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『イヴの総て』(1950年)作品情報
監督 | ジョセフ・L・マンキーウィッツ |
脚本 | ジョセフ・L・マンキーウィッツ |
制作 | ダリル・F・ザナック |
撮影 | ミルトン・R・クラスナー |
音楽 | アルフレッド・ニューマン |
衣装 | チャールズ・ル・メア/エディス・ヘッド |
出演 | マーゴ・チャニング – ベティ・デイヴィス イヴ・ハリントン – アン・バクスター アドソン・デウィット – ジョージ・サンダース カレン・リチャーズ – セレステ・ホルム ビル・サンプソン – ゲイリー・メリル ロイド・リチャーズ – ヒュー・マーロウ マックス・フェビアン – グレゴリー・ラトフ クーナン・バーディー – セルマ・リッター カズウェル – マリリン・モンロー |
上映時間 | 138分 |
ジャンル | 心理サスペンス/人間劇 |
あらすじ
物語は、アメリカ演劇界最高の栄誉あるサラ・シドンズ賞がある新進女優に贈られる場面からはじまる。
女優の名は、イヴ・ハリントン(アン・バクスター)。
拍手喝采を浴びるイブを見つめる会場な中には、一口では言い表せない思いを抱えている人たちがいた。
イヴの本性を知っている関係者である。
彼女は8ヶ月前まで、女優ですらなく大女優マーゴ(ベティ・デイヴィス)に憧れているだけの田舎娘にすぎなかった。
劇作家ロイドの妻カレン(セレステ・ホルム)は、毎夜マーゴが出演する劇場の楽屋入り口で見かけるイヴを気に入り、マーゴに紹介。
いわくありげなイヴから、身の上話を聴き出したマーゴは胸を打たれて、自分の秘書にする。
当初しおらしく控えなイブだったが、少しずつ野心と狡猾を現し、マーゴやカレンを翻弄していく。
目的のためには手段を選ばないイブは、世故に長けた評論家アディソン(ジョージ・サンダース)との知己を得て、やがて女優として注目を浴びていくが……
『イヴの総て』の感想・見どころ
新旧女優の火花を散らす内幕劇だけど・・・
新旧女優の火花を散らす内幕劇といえば、「なあんだ、月並みな人間劇かいな」と思われるかもしれない。
『イヴの総て』は、あらゆる映像作品だけでなく、女性マンガ(レディースコミック)にも影響を与えてきただろう。
邦画でいえば『Wの悲劇』(1984年公開、薬師丸ひろ子主演)がすぐに思い浮かぶ。
だが『イヴの総て』は内幕劇としては一線を画する理由は、物語としての奥行きが深く、普遍性のある人間劇として昇華させたところだ。
とくに有名なラストが秀逸。
観客が「嗚呼……」と、ニタリと嘆息してしまう物語の構造は、当時としてはひときわ鮮烈だっただろう。
人間のエゴが噴出する業界を描いたからこそ、そこにはあられもない人間性の真実が浮き彫りにされるのだが、『イヴの総て』の後味は悪くない。ハッピーエンドとバッドエンドという二項対立を超えて、「ホンマにいい芝居を見たなあ……」という満足感に浸れる。そんな尋常一様ではない余韻を残すのが、名作の名作たるゆえんだと思う。
才人 ジョゼフ・L・マンキーウィッツ
『イヴの総て』は1951年(第23回)アカデミー賞では6部門受賞している。
- 作品賞
- 音響録音賞
- 監督賞
- 脚色賞
- 助演男優賞
- 衣装デザイン賞
監督・脚本を手がけたジョゼフ・L・マンキーウィッツは、前年の『三人の妻への手紙』(1949年)も監督賞・脚色賞を受賞しているので2年連続2冠を達成。どこに出しても恥ずかしくない快挙である。
あまりにシニカルでウィットに富みすぎたマンキーウィッツによる脚本は4年ものあいだ放置されていたらしい。だが待った甲斐があった。最高の役者たちが揃って映画化されたことで『イヴの総て』は名作になったのだから。
作品全編にわたってマンキーウィッツの演出がキレッキレに冴えわたってい、キャストの表情、セリフのいたるところにこの人の端倪すべからざる才気が脈打っている。心理学や病理学に精通しているだけあって、心理ドラマの緩急のつけかたが洗練されてい、緊迫感にも臭みがない。
いかにもドロドロした葛藤劇になりがちなところを、2時間半近く引っ張れるのは、マンキーウィッツ監督の水際立った人間洞察が光彩を放っているからだと思う。一場面一場面に人間の正味を見せつけられるが、まったく疲れないのが不思議だ。それはマンキーウィッツ監督が人間に寄せる「深い慈しみ」がこの作品の根底に横たわっているからかもしれない。
考えてみたら、70年以上前につくられた映画なのに、全然古臭さを感じさせない。
しかるべき年代をくぐり抜けてきた、”ちょっとええワイン”のような馥郁たる風味を感じさせるのは、ハリウッド随一の知性派の面目躍如たるところだ。
個性弾ける役者陣
イヴ役のアン・バクスターの演技も刮目すべきものがあるが、やはり『イヴの総て』のアイコン的な存在は、大女優マーゴに扮するベティ・デイヴィスだろう。後年の『何がジェーンに起こったか?』で演じる老女の狂気に連なる、懐の深い毒花を咲き誇らせている。
そして忘れがたいのは、演劇評論家アディソンを演じているジョージ・サンダースの闇の深さだ。
しっかり出汁のきいたこのキャラクターを堪能できるだけでも、『イヴの総て』を見る値打ちはあるだろう。
マーゴの付き人で口の悪いご婦人、クーナン・バーディーを演じたセルマ・リッターもこたえられぬ妙味がある。
ヒッチコック監督『裏窓』でも同型のキャラクターを演じていて、この人の確固たる芸風が伝わってくるようだ。
きわめつけは、若手女優カズウェル嬢を演じている若かりしマリリン・モンロー。
セクシーな金髪美女のアイコン的存在も、今作出演当時は熟しきっていない。
いかにも陽性でヒップに垢抜けているが、カズウェル嬢はオーディションに落ちてしまう。
だけど実際の世界では、彼女が「イブ」を地で行くようなサクセスを体現するのだからおもしろい。
豪華さだけで勝負するオールスターキャストというのではなく、物語にとてつもない化学反応を起こす最適化されたキャスティングである。
新進女優の息を呑む狡猾ぶりと大女優のあっぱれな貫禄っぷり
世故を知らぬ無垢で謙虚そうに見えるイヴだが、徐々に奸智にたけた性悪女の馬脚を露わすさまは見ごたえたっぷり。
とくに劇作家の妻カレンを脅迫するシーンは肌に粟が生じてしまう。もうまばゆいばかりの狡猾さである。
いっぽう、ただでさえ容色の衰えを感じていて女優として熟しきった感のあるマーゴは、イブに追い詰められて少しずつ感情の均衡を突き崩されてゆく。だが、その存在感は圧倒的だ。
イヴとマーゴ、まるで毒花同士の対決がこの映画の見せ場だが、大女優マーゴの貫禄はイヴの策略そのものを呑み込んでしまうほど鬼気迫るものがある。
後進に追い抜かれる不安は、程度の差こそあれ誰にでもあるだろう。
ご多分に漏れずマーゴもこの人間普遍の苦悩に直面するが、毒花の貫禄が、いい塩梅に均してしまう。
毒々しい美しい女傑のひとつのかたちを、マーゴは体現しているようだ。
『イヴの総て』のキャストについての考察
ベティ・デイヴィス(マーゴ・チャニング役)
ベティ・デイヴィスは1908年生まれだから、撮影当時は40歳になったばかりである。
すでにオスカー2度受賞の人だから、マーゴ役は現実のベティ・デイヴィスと重なっているともいえよう。
なにしろ肩の力が抜けて、辛辣で奔放なマーゴ役に自然に溶け込んでいる。
「地」のベティといっても怪しむに足りない。
辛口のユーモア、スパイスたっぷりな皮肉くらいならまだ許せるが、手がつけられないほどわがままとなれば、大女優とはいえ周囲はやりきれない。恋人のビルやリチャーズ夫妻も苦り切っている。
しかし、なぜかマーゴは憎めない。ベティ・デイヴィスが演じるとそこはかとない愛嬌が生まれるのだろう。
パーティーのシーンでマーゴの忘れがたいセリフがある。
シートベルトをしめて 今夜は荒れるわよ
『イヴの総て』より
こういうなにげないセリフにも、センスが凝縮していて観客を魅了するのかもしれない。
言うまでもなく、ベティが発するから言葉に力がそなわるのだと思う。
悪女イヴを演じるアン・バクスターとは息が合っているという感じはしないが、唯一ベティ・デイヴィスと並ぶと絵になる役者が、ジョージ・サンダースである。このふたりを見ているだけでシーンが濃厚になるような錯覚を味わう。きっと「化学反応」を起こしているのだろう。
マーゴという役柄は、並の女優が演じるなら、野蛮な印象だけを残して目も当てられないと思う。
演技力だけで乗りきれる役ではなさそうだから。
ベティ・デイヴィスの芸格が、わがままで皮肉屋でときにもろさを見せるマーゴをエレガントで魅力的な女性に創りあげるのかもしれない。
アン・バクスター(イヴ・ハリントン役)
職場にこんな人がいたらトラブル続出間違いなしのイヴ・ハリントンを体当たりで力演している。
しっかり過たずひとつひとつに句読点を打つような演技。だからまったくブレがない。
ブレがなさすぎて、肩に力が入っているように感じる。
ベティ・デイヴィスと比べたら、よりいっそう力の入り具合が際立ってしまうのだ。
でも、あれほど狡猾さと悪辣さを表現するには、力を入れないことには自分の身が持たなかったのもしれない。
まばゆいばかりの狡猾さと言ってもいいくらい、映画史上に残る悪女が生まれたのだから、ひとつの偉業と言ってもいいだろう。偉業の達成はアン・バクスターの硬質な魅力に負うところが大きい。
イヴ役のほかには、セシル・B・デミルの超大作『十戒』のエジプト女王「ネフレテリ」役も有名だけど、個人的には、ドラマ『刑事コロンボ』の14話、「偶像のレクイエム」で演じた往年の大女優役がひときわ印象深い。
役者という職業はたとえ演技力があっても、映画向き、舞台向き、テレビ向きに分かれるのかもしれない。
アン・バクスターは、映画はもちろん、テレビでも輝く人だったんだなと思う。
ジョージ・サンダース(アドソン・デウィット役)
演劇・芝居には一家言ある評論家にしてコラムニストを抑制なきいた見事な演技で楽しませてくれる。
助演男優賞受賞は誰も文句もつけようがなかっただろう。
したたかで悪辣、機略縦横なイヴよりも、アドソンの方が一枚上手の闇の深さだ。グッとくる。
達演といおうか、妙演といおうか、怪演といおうか、たとえフィクションの中といえども、ふくよかな闇をはらんだ人間にお目にかかれるのは、人生における確かな喜びである。
アドソンのような酸いも甘いも噛み分けた海千山千の御仁は、すっかり払底してしまったわけじゃないだろうけど、少ないように思う。(なんとなくみなさん物分りがよくなったような)
『イヴの総て』では、名セリフや警句がたくさんあるけど、とくにこの人が発する言葉は渋くて重みがある。
謙遜はやめたらどうだね でしゃばると同じくらいよくない
『イヴの総て』アドソンがイヴをたしなめるシーンでのセリフ
・・・と、アドソンから実際に言われた日には、思わず「ははあ」と平伏してしまいそうだ。
ジョージ・サンダースは役柄を選んでそうで、相当芸域が広いように思う。
『レベッカ』(1940年)で演じた レベッカの従兄役の鼻持ちならない感じがとてもよかった。
そんなジョージ・サンダースだが、私生活ではきわめて繊細で感じやすい人だったのではないだろうか。
人を見抜く目をやしなう ━━ 『イヴの総て』が教えてくれたこと
『イヴの総て』のなかで、もうひとり忘れがたい人物がマーゴの付き人、クーナン・バーディー(セルマ・リッター)です。この婦人は歯に衣着せぬ物言いで周囲を辟易させるタイプですが、まったく憎めないタイプ。
そして人間を見る目はたしかで洞察力に優れています。
物語の序盤、悪辣なイヴがマーゴのふところに入るために涙ぐましい身の上話を切々と語るシーンがあるのですが、それを聞いたバーディーはこんな憎まれ口をたたくのです。
おやまあ、よくできた話だこと 気に入らない部分もあるけれど
『イヴの総て』より
たしかに、淀みなく語るイヴの話は、不自然なほどひっかかりがありません。
そのひっかかりのなさに、バーディーはひっかかりを覚えたのでしょう。
「あまりにもすんなりと同情を誘うこの話にはなにかあるんじゃないか」と。
バーディーのように冷静に、”ひっかかりのなさにひっかかりを覚える” 態度は大事ではないでしょうか。
疑り深いのは考えものだけど、あまりにもすらすらと淀みなく語られる話は、すんなり呑み込むのではなく、一呼吸おいてそのまま留保する余裕が大切ではないか ━━
軽々に結論に飛びつかず、じっくり相手の人間性を見定めるのが大事ではないか━━
これが『イヴの総て』から学んだ教訓です。
さいごに~『イヴの総て』の動画を視聴できるサービスは?
『イヴの総て』は以下にあてはまる方におすすめです。
- 重厚な人間ドラマを楽しみたい方
- 最近の映画やドラマに辟易している方
- 名女優の演技をたっぷり堪能したい方
- ブレイク前のマリリン・モンローを見たい方
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※ただし時期によっては『イヴの総て』の配信およびレンタル期間が終了している可能性があります。
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