『天井桟敷の人々』感想考察※雅致に富んだ映画芸術的レジスタンス

『天井桟敷の人々』(1945年)

主演:アルレッティ/ジャン=ルイ・バロー/マリア・カザレス

フランス映画史上、最も偉大な作品として燦然と輝く芸術娯楽大作。19世紀パリの歓楽街、気高き女芸人ガラントをめぐって、繰り広げられる男たちの悲喜こもごものドラマ。壮大に展開する人間ドラマ。そしてパリの庶民たちのたくましくもむせかえるようなバイタリティに圧巻の3時間。名作『天井桟敷の人々』の感想と考察、キャストの演技の見どころなどをご紹介。

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目次

『天井桟敷の人々』(1945年)作品情報

監督マルセル・カルネ
脚本ジャック・プレヴェール
撮影ロジェ・ユベール/マルク・フォサール
音楽ジョゼフ・コスマ/モーリス・ティリエ
美術アレクサンドル・トローネル/レオン・バルザック/レイモン・ガビュッティ
出演アルレッティ (ガランス)
ジャン=ルイ・バロー (バチスト)
ピエール・ブラッスール (フレデリック・ルメートル)
ピエール・ルノワール (ピエール・フランソワ・ラスネール)
マリア・カザレス (ナタリー)
ルイ・サルー (モントレー伯爵)
上映時間191分
ジャンルロマンス/人間劇

『天井桟敷の人々』あらすじ

『天井桟敷の人々』あらすじ

《第1部 犯罪大通り》

19世紀パリ。
ナポレオン三世とオースマンによるパリ大改造が行われる前の街は、猥雑で混沌としていながらも庶民の熱気にあふれていた。目抜き通りの通称《犯罪大通り》には芝居小屋や見世物小屋が所狭しと軒を並べている。

ふとしたきっかけで見世物小屋の女芸人ガランスとフュナンビュール座のマイム芸人バチストはめぐり逢う。
スリの疑いをかけられ責められていたガランスをバチストが間一髪で救い出す。

お互い心を惹かれ合いながらも、純粋なバチストはガランスに想いを伝えることができない。
彼がうかうかしているうちに、軽薄な女たらしの役者フレデリックがガランスを誘い、ふたりは同棲を始める。
いっぽうインテリの無頼漢ラスネールも旧知の仲であるガランスを狙っていた。

ガランスは無節操に男を取っ替え引っ替えしているように見えるが、けっして尻軽女ではない。
あまりにも自由な生き方を志向する彼女は、世俗的な貞淑の基準にはおさまりきらないのだ。

やがてガランスはフレデリックとともにフュナンビュール座で役者として出演。

ガランスに恋い焦がれるバチストを熱い眼差しでみつめるのは、劇場主の娘であり女優のナタリーだ。
バチストを愛している彼女にとって、ガランスは恋敵である。

かくてフュナンビュール座の人間模様は複雑にからみあい、ねじれていく。

ある日、ラスネールは殺人未遂事件を起こす。
その共犯者としてあらぬ嫌疑をかけられたガランス。

危機一髪の彼女が庇護を求めたのがモントレー伯爵だった。
伯爵はフュナンビュール座に出演していたガランスに一目惚れ。何かあればいつでも助けを乞うように名刺を渡していたのである。

むろんガランスは囲われ人になることを承知のうえで伯爵に助けを求めたのだ。

《第2部 白い男》

それから5年の月日が流れる ━━
名実ともにフュナンビュール座の看板役者となったバチストは、ナタリーと結婚。
息子も授かっていた。

いっぽう別の劇場で当代随一の役者として評価されていたフレデリックのもとに悪漢ラスネールが訪ねてくる。
モントレー伯爵夫人となったガランスもまた、パリに戻り、バチストの無言劇をお忍びで観劇していた。

ふたたび、登場人物たちが交錯し、ドラマが大きく動き出す。

バチストの無言劇を見に来たフレデリックは、偶然ガランスと再会。
彼からガランスがこの劇場に来ている事実を知らされたバチストは、そばにナタリーがいながら我を忘れてガランスを探す。
だが、すでにガランスは劇場を去ったあとだった。

後日、今度はバチストがフレデリックの舞台に観に行ったところ、ロビーでガランスと再会。
お互いの想いを確かめあったふたりはバルコニーで抱擁。

ちょうどそのとき会場に居合わせたラスネールが、ふたりが抱擁している姿をモントレー伯爵に目撃させる。
伯爵から侮辱を受けたラスネールは、ついに伯爵を殺めてしまう。

バチストとガランスは結ばれるが、翌日、夫の部屋を訪ねてきたナタリーが目撃。
妻と子がいるバチストとの恋を恥じたガランスは、制止するバチストを振り切り、カーニバルでさんざめくのパリの街から逃れるように馬車を走らせた。

バチストはナタリーを部屋に残し、ガランスを追いかける。
紙吹雪舞う雑踏のなかでもみくちゃにされるバチストは、ふだん無言劇で演じる「白い男」よりも、哀しくも滑稽な道化になりさがっていた。

『天井桟敷の人々』のみどころ・感想・レビュー

『天井桟敷の人々』感想レビュー

ナチス占領下で創られた作品

『天井桟敷の人々』は、第二次世界大戦中のフランスで撮影が行われました。
親独のヴィシー政権下では不如意な撮影を強いられたでしょうが、この映画には全編にわたって、言葉では言い尽くせない自由と豊穣をたたえています。

厳しい検閲の下で映画を創るにはメロドラマや時代物などしか許されなかったタイトな時代状況が、『天井桟敷の人々』を生み出す母胎になったかもしれません。
愚かさや弱さを抱えた人間たちによる彫りの深い絢爛豪華なる作品そのものが、ファシズムへの芸術的レジスタンスといってもいいでしょう。

南仏ニースのラ・ヴィクトリーヌ撮影所に設えられた160メートルにもおよぶオープンセット《犯罪大通り》は壮観です。
通りを埋め尽くすパリの民衆は約2000人ものエキストラを動員。
制作費16億円は当時では天文学的な数字でした。

しかし投下された資本は回収されて、富をもたらし、おまけに綺羅星の如き名作映画として歴史に名を刻んだのだから、以て瞑すべしというところでしょう。
暗い時代でも、哀歓喜悲をきめ細やかに表現した人間讃歌を創造したという事実に頭が下がる思いを禁じ得ません。

文芸ロマンス×洒脱で猥雑な民草のダイナミズム

物語はバルザックの長編小説を彷彿とさせる文芸ロマンス。
美女ガランスをめぐる男たちの恋の鞘当てを描いているが、この映画の主人公は、たくましくも洒脱に生きるパリの市井の人々でもあります。

タイトルにある「天井桟敷」とは劇場の天井近く最上段にある観客席のこと。
入場料金がリーズナブルで、芝居に唯一の娯楽を求めるパリの庶民がひしめき合う。

まあ行儀が良いのやら悪いのやら、野次を飛ばす者やら、手すりから足を投げ出す者やら、いろんなのがいます。
生活が貧しくても「セ・ラ・ヴィ」(人生ってそういうもんさ)で済ませる、ノンシャランな哲学の底には、クールな諦念があるのかもしれません。

そしてオープニングとラストシーンを飾る《犯罪大通り》に埋め尽くす、人、人、人!
19世紀前半、劣悪な衛生環境だったパリだが、それでも民草にはバイタリティと活気にあふれて、貪婪で旺盛な生を撒き散らしています。
一切合切をのみこみ、一切合切にのみこまれながら、洒脱で猥雑な民草のうねるようなダイナミズムに圧倒されてしまう。

パリが発散するむせかえるような体臭が、画面越しでも伝わって鼻腔をくすぐる。
あながち不快ではありません。

史実と虚構を織り交ぜたロマンスに伏流する無常観

主要人物の3人は実在の人物です。

バチスト・・・ジャン=ガスパール・ドゥビュロー
フレデリック・ルメートル・・・ロマン派演劇の役者
ピエール・フランソワ・ラスネール・・・知能犯罪者

つまり『天井桟敷の人々』は虚実が綾なす人間ドラマです。
3時間の上映時間もなかだるみすることはありません。
ジャック・プレヴェールによる洒脱なセリフとストーリーテリングによって、あれよあれよとラストまで見入ってしまう。

『天井桟敷の人々』はフランスらしいエスプリとウィットをたたえながら、全編にわたって無常観が伏流しているように感じました。
今日的感覚から見ると、いささか文学的表現がうるさいと感じる向きもあるでしょうが、それを割り引いても、史実と虚構を織り交ぜたロマンスはデジタルに侵食された現代人の心を打つのに十分です。

制作陣も命がけの撮影だし、映画関係者も当時のフランス・フランの暴落を恐れて思いきって、『天井桟敷の人々』の制作費に投じたという。

明日をも知れぬ身なのはキャストたちも同じ。
一流の芸達者たちが繰り広げる、芝居、悲喜劇、ロマンスはまさに「共演」というより「饗宴」というしかありません。
無常と背中合わせの「饗宴」だから鬼気迫るものがある。

ファム・ファタール(魔性の女)の深みと、堪え忍ぶ淑女の凄み

『天井桟敷の人々』はアルレッティ演じるガランスをめぐる4人の男たちの恋愛物語。ヒロインに強烈な個性がなければ物語は成り立たないでしょう。

ガランスはまごうかたなきファム・ファタール(運命の女・魔性の女)ですが、妖艶であっても淫靡ではありません。
男たちを手玉にとるというふうでもないし、バチストやモントレー伯爵には実のあるところを見せる。

ガランスには破綻や荒廃がなく、むしろ武家の女のような凛々しささえうかがえる。
あらゆる手練手管を知り尽くしていながらも、女性としての品位やたしなみが損なわれていない。
ファム・ファタールは気高いのです。

『天井桟敷の人々』にはもうひとりヒロインがいます。
バチストの妻になるナタリーです。
夫バチストがガランスを想い続けても、じっと堪え忍ぶ。
むしろこの人の一途さに凄みを感じてしまうのです。

物語の最後、ガランスは愛するバチストのもとを去りますが、ナタリーの「堪え忍ぶ淑女」の凄みに、ファム・ファタールが敗北したと見えなくもありません。

『天井桟敷の人々』のキャストについての感想

『天井桟敷の人々』出演俳優

アルレッティ (ガランス)

女芸人にして伯爵夫人のガランスを優雅に演じている。
『天井桟敷の人々』出演当時、この人は40歳を過ぎていたが、なんの稀代のファム・ファタールを演じるのに若すぎず熟しすぎてもない。アルレッティはこの1作でフランス映画史に永遠に名を残すミューズになる。

ガランスという女性は、大胆でものおじせず、常に感情を安定させているが、悪女という枠にもとらわれない。
美しさをバランスさせるに必要な気位の高さは嫌味にならず、ときおり見せる媚にはなまめかしさより風格が先に立つ。
出色した媚態だが、まったく媚びていないのがすばらしい。

したたるような爛熟な色香は武器として意識されるのではなく、呼吸をするように自然な性質として所作や言動に現れている。心のおもむくまま生きる姿は凛として様子がいいが、どこか哀しく、無常を感じさせる存在感。

ゆったりしているようで隙のない聡明なコケットリーは、この人にしか出せない持ち味なのかもしれない。
バチストと結ばれたあとの「しなやかな獣」のような目つきはどうだろう。

出るときは出て、退くときは退く、攻めすぎず、守りすぎず、理に勝ちすぎず、感性に頼りすぎず━━ 演技の機微をおさえているため、クレバーな演技にも整然の美がうかがえる。

ジャン=ルイ・バロー (バチスト)

バチスト役で世界中の映画ファンを魅了したこの人のパントマイムを見るだけでも、3時間投ずる値打ちは十分ある。
その流麗さ、感情表現の豊かさは、思わず息を詰めて見入ってしまう。

とりわけ表情の豊かさは素晴らしい。

傷つきやすく夢想的だが、ガランスを前にしたときの喜び、5年後ガランスと再会したときのとまどい、胸が張り裂けそうな悲痛さ ━━ 言葉以上に雄弁に語る芸には目を見張るものがある。

物語のラスト、紙吹雪が舞う犯罪大通りの中で、雑踏にもみくちゃにされながらガランスを追うこの人の表情は忘れがたい。

マリア・カザレス (ナタリー)

バチストを想うフュナンビュール座の花形。
むしろみずみずしくて、少女の可憐さも残している。

第2部では、バチストの結婚し、息子までいる。
こんな美人の妻がいながら、バチストはガランスに身も心も奪われるのだから罪が深い。

ガランスに嫉妬をおさえられないナタリーだが、妻として女としての自尊心を際立たせていることで、ドロドロとした暗い情念を薄めている。
あざとさを抑え込む聡明さと、自分に求められた役割をそつなくこなす明敏さを感じさせる人だ。

マチュアな魅力にも不足はなく、まっすぐに切り込んでいくような演技には気骨さえうかがえる。
アルレッティの貫禄にもひるまないほど堂々としたたたずまいが目を惹く。

ピエール・ブラッスール (フレデリック・ルメートル)

口八丁手八丁のナンパな俳優を弁舌さわやかに演じている。
軽薄だが、人懐っこい。
少々なら騙されてもいいやと思えてくる人間的魅力にあふれている。

アクもたっぷり、クセもあって予想がつかない。
出演者の中では、プレヴェールによるエスプリが横溢したセリフの効果をこの人がもっともうまく引き出しているような気がする。

ピエール・ルノワール (ピエール・フランソワ・ラスネール)

スマートで気品のあるパフォーマンスで実在した犯罪者ラスネールを演じている。
ジェントルマンが悪漢を演じると避けがたく滲み出る、不自然さやわざとらしさは皆無だ。

むしろ不思議な説得力があって、物語をおおいに盛り上げている。
この人がいるから、『天井桟敷の人々』の文芸色は濃厚になっているのかもしれない。

ガランスを愛していながらも、
誰も愛さない 絶対の孤独
誰からも愛されない 絶対の自由
とうそぶく悪漢の屈託には心を打つものがある。

知的な戯れや、言葉遊びのようなものは感じられない。
どこか少年のような真摯さのある悪人のためだろうか、この人が演じるラスネールはさいごまで憎めなかった。

さいごに

『天井桟敷の人々』(1945年)は以下にあてはまる方におすすめです。

  • クラシック映画ファン ━━ ジャン=ルイ・バローやアルレッティといった名優たちの演技や、1940年代のフランス映画の小粋な世界観に魅力を感じる人におすすめ
  • 悲喜こもごもの人間ドラマが好きな人 ━━ 『天井桟敷の人々』はヒロインをめぐる複雑な人間関係を描いており、キャラクターたちの感情の起伏が巧みに表現されています。
  • フランス文化や歴史に興味がある人 ━━ 19世紀のフランスの演劇や芝居の世界が舞台となっており、その時代のパリの雰囲気や文化に浸ることができます。

ぜひこの機会に、『天井桟敷の人々』をご覧になってください。

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