映画『ロシュフォールの恋人たち』感想※音楽劇だから伝わるカラフルな官能のほてり

『ロシュフォールの恋人たち』

『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)

主演:カトリーヌ・ドヌーブ/フランソワーズ・ドルレアック

ジャック・ドゥミーとミシェル・ルグランのコンビが、莫大な制作費を投じてつくった、フランスミュージカルの傑作。カトリーヌ・ドヌーブとフランソワーズ・ドルレアックの美人姉妹による共演は当時話題に。恋の幸福に酔いしれた人々が歌い踊る姿を見ているうちに浮き世のつらさも吹っ飛んでしまう。カラフルな音楽劇の魅力を紹介。

この映画、こんなあなたにおすすめです!
  • カラフルなミュージカルが好きな方
  • これまでミュージカルを敬遠してきた方
  • 華美なフランス文化に憧れを抱いている方
  • 2時間だけ日常のことを忘れて、非日常の世界に憩っていたい方
  • ふだんから引っ込み思案で、自己表現のしかたに悩んでいる方
目次

『ロシュフォールの恋人たち』動画配信を見ての感想

ツヤ、光沢、エレガンス、そして官能のほてり
『ロシュフォールの恋人たち』を見て感じた印象を筆のすさびで表現

ミュージカル嫌いな人にこそ見てほしい映画

あなたの周囲にもいるかもしれない。
「ミュージカルの面白さがわからない」と言う人が。

何の前触れもなく、いきなり歌って踊りだすような突飛なふるまいに、彼らは不自然さや嫌悪感を抱いてしまうのだ。愉快なミュージカルの演出を「不合理」「荒唐無稽」と一蹴してしまう。彼らの違和感もわからないではない。でも少しもったいない気もする。

そもそもミュージカルという娯楽に、ストーリーの一貫性を求めることに無理があるのではなかろうか。スリルやサスペンスや人間ドラマをふんだんに盛りこんだところで、ミュージカルの美質を台無しにしてしまうこともあろう。

登場人物のキャラクターにしたところで、ミュージカルでは可能なかぎりシンプルに単純化したほうがいい。矛盾や葛藤なんて要らない。お人形みたいな俳優たちが、しょっちゅう片思いしては、歌って踊って人生を謳歌してもらえたら御の字である。

だが「ミュージカルの面白さがわからない」と言う人々に、こんな説明をしたところで何の説得力もないだろう。ミュージカルの感動は、理屈や論理を超えて伝わる性質のものだからだ。となれば、方法はひとつしかない。

とりあえず見てもらう━━ これに如くはなし。

何の気なしに見てもらったら、存外ハマるかもしれない。まさに、「何の前触れもなく、いきなり歌って踊りだすような突飛なふるまい」に、のめりこんでしまうのだ。人間のこころとはまことに不思議なもので、嫌いだった理由が、堪えられない魅力にひっくり返る。

そんなわけで、『ロシュフォールの恋人たち』はミュージカル嫌いな人が、試しに見てもらうのにはちょうど適温な作品だと思う。なにしろミュージカルらしいミュージカルだからだ。1967年公開の映画だがまったく古びていない。おしゃれでポップである。全編に懐の深いフランスのエスプリや美意識が伏流している。ミュージカルに対する固定観念がくつがえるかもしれない。

映画内で使用されている曲目についての感想

『キャラバンの到着』
誰もが一度は聴いたことのある有名なメロディ。今聞いてもまったく古さを感じない完成度の高い音楽だ。ピンと張り詰めた出だしでしっかりつかんで、少しずつ大胆で豊かな表情を露わにしてゆく。生の喜びをあけっぴろげに表現するような奔放なドライブ感は、聞いていて小気味よい。


『双子姉妹の歌』
映画の冒頭、『キャラバンの到着』の直後に、ソランジュとデルフィーヌのガルニエ姉妹が登場。この歌にのせて自己紹介してくれる。一度聴いたら忘れがたい歌だ。ふたりが奏でるハーモニーには、語りとまではいかないが、思いの丈がたっぷり詰まっている。自然を愛でる歌心がある。まだ見ぬ運命の相手への激しい憧憬が感じられる。

「おちゃっぴいでウブなお嬢さん」という風情は残るが、注意深く適温にまで調整されており、鼻につくところはまるでない。この歌と踊りによって、わがままや移り気ですらチャーミングに見せる作曲家ミシェル・ルグランの魔術の巧みさに脱帽である。


『夏の日の歌』
物語後半、お祭りのハイライトとなるショーで、ガルニエ姉妹が披露する歌。ふたりは妍(けん)を競うように優雅に歌い、スリットが大胆に深く入ったスパンコールのドレスで観客を魅了する。

せつなげに喜びも哀しみを受け止めつつ、叙情たっぷりに人生を歌いあげても、この姉妹なら浪花節になりようがない。そこには艶があり、光沢があり、上質なエレガンスがある。宇宙にきらめく一閃の光芒がある。

『夏の日の歌』を通して姉妹が匂わせる、豊かな官能のほてりに当てられた日には、ウブな男なら思慮を失ってしまうだろう。まさに音楽劇だからこそ伝えられる種類の官能美だ。


『ロシュフォールの恋人たち』のキャストについて

デルフィーヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)

妖艶な魅力を気前よく放出しているカトリーヌ・ドヌーブは、撮影当時23歳。この人の美しさを形容するとしたら、レオタード姿が野暮ったく見えるくらいの美しさ、だ。デルフィーヌがレオタード姿で登場したシーンを見て、そう感じた。

カトリーヌ・ドヌーブが持つ基調の美には、柔らかさやあたたかみはそれほど感じられない。硬くて冷たい優美さといえばいいだろうか。あるいは突出した自らの美貌を持て余していることの困惑や緊張が、硬質な妖艶さの原因になっているのかもしれない。

だが、『夏の日の歌』を歌うショーの場面では、抑えこんでいた美を一気に解き放つ。カラフルでホットな官能のほてりはどこまでも鮮烈で、はかない。眼福を得る思いだ。

ソランジュ(フランソワーズ・ドルレアック)

カトリーヌ・ドヌーブの実姉。妹が月の美しさなら、姉は太陽の美しさだ。妹が水彩画の麗しさなら、姉は油彩画の麗しさと言っていいだろう。

パステルカラーのワンピースは、この女優のやさしいコケットリーを際立たせている。演技も見事なものだ。みずみずしい詩情をたたえながら、あたたかく流麗な歌と踊りを気前よく披露して、音楽の喜びを余すところなく観客に伝えている。下手をすれば学芸会的になりそうなこの映画のモチーフを、あでやかな芸術作品に昇華させているのはこの人の存在に負うところが大きい。

『ロシュフォールの恋人たち』の公開年に夭折したフランソワーズ・ドルレアックの存在は、永遠に25歳の美しさのまま、未来まで語り継がれるだろう。

エチエンヌ(ジョージ・チャキリス)

『ウエスト・サイド物語」のオスカー俳優だけあって、ジョージ・チャキリスを見たら、「トゥナイト」が頭の中で勝手に流れ出してしまう。あの不良役のイメージを完全に消して、この映画ではエチエンヌといういかにも人の良さそうな「兄ちゃん」をナチュラルに心を込めて演じている。ワイルドで鋭いダンスはキレがよく、華麗さにも不足はない。この人の身体表現には並々ならぬ知性が感じられるのだ。

『ロシュフォールの恋人たち』では、主役の姉妹を引き立てようと一歩身を引いているような感があるが、語るべきところではしっかり語り、決めるところでは抜かりなく決めてみせる。どこまでも芸には謙虚な姿勢を貫く、ストイックな役者だ。

アンディ(ジーン・ケリー)

「生きる人生賛歌」こと、ジーン・ケリーはいつ見ても眩しい。溌剌とした風貌、キレッキレのダンスを見せてくれる。

『ロシュフォールの恋人たち』のジーン・ケリーはどこか浮いていて、独りよがりな印象を感じる人もいるかもしれない。だが、この人から自己完結性を削ぎ落とすと、その卓抜な輝きは色あせてしまうだろう。「我が道を行く」ことで、素晴らしいパフォーマンスを発揮できる役者は存在するのだ。

ジーン・ケリー演じるアンディがソランジュに一目惚れして、浮かれてステップを踏んで踊るシーンを見てほしい。あなたも幸福感に巻き込まれること請け合いである。なにしろこの人の醸し出す幸福感は伝播性が高い。これも「我が道を行く」タイプの役者の特色だ。

『ロシュフォールの恋人たち』作品情報

監督ジャック・ドゥミ
脚本ジャック・ドゥミ
撮影ギスラン・クロケ
音楽ミシェル・ルグラン
出演・デルフィーヌ・・・カトリーヌ・ドヌーブ
・ソランジュ・・・フランソワーズ・ドルレアック
・エチエンヌ・・・ジョージ・チャキリス
・マクサンス・・・ジャック・ペラン
・アンディ・・・ジーン・ケリー
・イヴォンヌ・・・ダニエル・ダリュー
ジャンルミュージカル/ロマンス
上映時間126分

ストーリー

舞台は、フランス南西にあるロシュフォール。年に1度のお祭りをひかえて、この港町は色めき立っている。お祭りに参加するためにロシュフォールにやってきたオートバイの曲乗り芸人のキャラバン隊が到着し、広場で喜びをダンスで表現。いよいよ町は活気づく。

いっぽう、この町に住む「ガルニエ姉妹」、姉・ソランジュ(フランソワーズ・ドルレアック)と、妹・デルフィーヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)は、美人であるにもかかわらず、恋人がいない日々を過ごしていた。双子を女手ひとつで育ててきた母・イヴォンヌ(ダニエル・ダリュー)もパートナーをつくらないままカフェを経営している。

お祭り本番が近づいてきたある日、双子の姉妹は、キャラバン隊のエチエンヌ(ジョージ・チャキリス)たちから、祭りの演し物であるショーの出演をオファーされるが……

まめやかコラム

【コラム】コミュニケーションは言語以上に身体表現も大事

『ロシュフォールの恋人たち』に限ったことではありませんが、陽気でごきげんなミュージカルを見ると、身体表現の大切さを思い知らされます。

僕たちは仕事や日常生活において、言葉でコミュニケーションをとっているように思いがちですが、むしろ非言語メッセージで伝えあっている要素が大きいんですよね。

アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが提唱する「メラビアンの法則」によれば、我々がコミュニケーションをして影響を与えあう割合は、言語からの情報が7%、聴覚からの情報が38%、視覚からの情報が55%ということ。つまり、円滑な意思疎通は、非言語コミュニケーションが深く与っているわけですね。

コミュニケーション時のなにげないしぐさや身体の動きが、相手に影響を与えているということは、まったく動作のないお行儀のよいコミュニケーションでは相手への伝達力は弱いかもしれません。身振り手振りがあった方が、より雄弁に濃厚に自分の ”思いの丈” を相手に届けることができるのです。

では、どのように身体で表現したらいいのでしょう? おもいきって歌ったり踊ったりすればいいのでしょうか? まさかね。

話す言葉とぴったり調和する身体の動きを意識する━━ これが妥当な線だと考えています。

恥ずかしがらずに、話す内容に調和する身体の動きに身を任せてみる。そうすると、相手に非言語メッセージが伝わりやすくなるだけでなく、自分の気持ちにぴったりな言葉も出やすくなります。

僕も、言葉に調和する身体表現を意識するようになってからは、自分の思いを相手に伝えやすくなりました。さすがに、いきなり踊ったり歌いだしたりすることはありませんが、やってみたらさだめし気持ち良いだろうな、と思います。

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