映画『あ・うん』解説・感想※細やかな情愛が通いあう大人のドラマ

『あ・うん』

『あ・うん』(1989年)

主演:高倉 健/富司 純子

向田邦子の小説を映画化。性格も価値観もまるで異なるふたりの男は、さながら一対の狛犬、阿(あ)と吽(うん)のような間柄。親友同士の強固な絆と、親友の妻をひそかに想う男のせつなさをハートフルに描いた作品。名作『あ・うん』の見どころ、解説、レビューを綴ります。

出典:Amazon.com
この映画、こんなあなたにおすすめです!
  • 昭和の人情ドラマがお好きな人
  • かつての任侠映画のスター高倉健、富司純子の共演を見たい人
  • 戦前の日本人の心ばえに触れてみたい人
  • 忙しなく結論ばかり求めすぎる、今の時代に違和感を覚える人
目次

『あ・うん』一筆感想

実らないとわかってても人は惚れるんだよ
『あ・うん』を見て感じた印象を筆のすさびで表現

あらすじ

日本が太平洋戦争への道を着実に歩んでいた昭和12年の東京・山の手が舞台。
金属会社を経営する門倉(高倉健)は、軍需景気で羽振りがいい。
軍隊時代の「寝台戦友」である水田仙吉(板東英二)一家が3年ぶりに東京に戻ってくるため、心尽くしの出迎えをする。 仙吉には妻たみ(富司純子)、娘さと子(富田靖子)がいて、門倉とは家族ぐるみのつきあいだ。

門倉にも妻・君子(宮本信子)がいるものの、水田の妻・たみに思慕の念を胸に秘めていた。
門倉のたみに対する表には出さない気持ちを仙吉はうすうす気付いているが、門倉に悪い気持ちどころかむしろ誇らしげな様子。

ある日のこと。
さと子は、君子の肝いりで帝大生・石川(眞木蔵人)と見合いをし、身分不相応と知りながらも恋に落ちる。
そして、門倉や仙吉たちの日常に、重苦しい軍靴の響きが忍び寄っていた。

『あ・うん』解説・レビュー

『あ・うん』個人の評価

絶妙なキャスティング

高倉健と富司純子、このふたりが並んでいる映像を見るだけで、気持ちがやすらぎます。
緋牡丹博徒』のふたりが再共演するだけでもファンには嬉しいものです。
任侠映画とはまるで趣を異にする落ち着いた大人のドラマに出演しても、ふたりには「華」があります。

高倉健と富司純子、ふたりが時折垣間見せる不器用で野暮ったいところに、品位と雅趣が感じられて、ハッとさせられるのです。

主役のふたりの存在を引き立てているのは、なんといっても板東英二でしょう。
娘役の富田靖子にしろ、門倉の妻である宮本信子も、すべてのキャストがおさまるべき位置におさまって、物語を美しくあやどっています。
あたたかい情愛が想いが通いあう『あ・うん』の物語を支えているのは、勘所をおさえた見事なキャスティングではないでしょうか。配役を考えた人のセンスにはただただ脱帽です。

慌ただしい今の時代だからこそ、登場人物たちの落ち着いた身のこなしやたたずまいをじっくり味わってみたくなる、工芸品のような映像作品です。

日本人の美意識をたたえた味わい深い情愛物語

向田邦子著「あ・うん」※文春文庫

原作は向田邦子。
彼女が書いた唯一の長編小説が『あ・うん』でした。
昭和のドラマを手がけてきた放送作家だけあって、小説もまた映像化を前提に書いたかのように登場人物が生き生きとしています。行間から戦前の情景がにおい、人々の息づかいが聞こえてくるようです。

出演者が大好きな役者であることを割り引いても、『あ・うん』の映像にはまったく違和感がありません。
映画を見てとくに嬉しかったのは、小説の中のセリフが端折られることなく、そのまま映画にも受け継がれていることでした。

「みすみす実らないとわかってても人は惚れるんだよ」━━この門倉のセリフは、向田邦子の世界観、恋愛観を端的に言い表しています。
登場人物同士、本音のぶつかりあいをさせていそうで、大切なことは言葉にさせない、語らせない、向田邦子の粋(いき)と美意識。
今もなお読みつがれる作家の、控えめだけど強烈な気概が『あ・うん』に脈打っています。

降旗康男監督は映画化にあたって、味わい深い向田邦子の作品をどこまでも尊重しつつ、『あ・うん』の物語を再構築したかのようです。
戦争に向かってきな臭くなっていく時代の雰囲気を描出した木村大作の撮影も素晴らしい。

ヤクザもドスも出てこない、やさしさに満ち溢れた「侠」の世界

『あ・うん』を任侠映画と言う人は誰もいないでしょう。
でもこの映画には、やさしくて清淡な「任侠」が描かれているように思えるのです。

高倉健も富司純子(藤純子)も、一時代を築いた任侠映画のスターですが、この映画ではカタギの人。
カタギだけれど、大切な人のためなら身を挺することも辞さない。
どこかしら、人生をあきらめていて、そのあきらめが「粋」に通じているのです。
それはある意味、「侠」(おとこぎ)といえるのではないでしょうか。

登場人物たちは、たまに跳ねっ返ることもありますが、己の分をわきまえています。
お互いの弱さを認めあい、許しあいながらも、慎ましく、潔く生きようとしている。
深い恩義で結ばれているがゆえに、お互いを求めあって生きているのです。
これは「任侠」にも通じる世界ではないでしょうか。

ヤクザもドスも登場せず、誰も血を流さないけれど、『あ・うん』に登場する人々中には、たしかな「侠」が息づいているように思うのです。

『あ・うん』のキャストについて

門倉修造(高倉健)

どんな役柄でも高倉健に染め上げてしまうのが、この人の抜きん出た芸です。
『あ・うん』の門倉も例外ではありません。
でも明るくてコミカルな演技をしている健さんはじつに珍しい。
健さんの映画を見て、口元がゆるんでしまったのは初めてです。

あるいは、富司純子や板東英二が、高倉健のおかしみを引き出しているのかもしれません。
物語が進むにつれて、「やっぱり健さんだなあ」と得心がいきました。
門倉の言葉のひとつひとつが、重く響いてくる。
高倉健の面目躍如たる演技が光るところです。

仙吉の軽率をなじる門倉の言い方にも、親友への深い情愛が感じられます。
たみへの密かな思慕はけっして言葉にされることはないけれども、痛いほどまっすぐでピュアです。
もどかしくも潔い……『あ・うん』の健さんも完璧にカッコいい。

水田たみ(富司純子)

1972年『純子引退記念映画関東緋桜一家』を最後に銀幕から退いていた藤純子の復帰第一作が『あ・うん』です。
健さんとの共演で復帰するのもなんとも粋ですね。
富司純子に改名して、17年ぶりのスクリーンに登場しても、自然でこなれています。
わざとぎこちなく見せようとしているのかなと訝しんでしまうくらい、堂に入っているのです。

意外だったのは、富司純子の演技を見ても、『緋牡丹博徒』のお竜がちらつかなかったこと。
女侠客のイメージをきれいに払拭したのでしょうか。
それでもかつての「藤 純子」であることは間違いありません。

富司純子のなよやかな所作と言葉遣いはことのほか美しい。
純度の高い “やまとなでしこ” の精神が、一挙手一投足の隅々にまで行き届いています。
そこにはガサツな雑味が入り込む余地は毛筋ほどもありません。

たみがいるだけで、映像が緩和されてエレガントに涼しげになります。
そのやさしい存在感に癒されるのです。

水田仙吉(板東英二)

高倉健と藤純子が斬った張ったの任侠スターとして大活躍していた頃、この人はプロ野球の世界で名投手として活躍していました。
まさか1989年に映画出演するとは夢にも思いもしなかったでしょう。
まさか第13回日本アカデミー賞で助演男優賞を受賞するとは思いもしなかったでしょう。

俳優・板東英二は、役者だからといって特別に自分をこしらえません。
「地」の板東英二で直球勝負しているからこそ、仙吉のユニークさが際立っています。
心地よいドライブ感のある演技は、健さんとほどよく噛み合っていて、「板東英二って器用な人だなあ」と感心してしまいました。
情緒におぼれることもなく、さっぱりしすぎることもない。
水田の素直さと屈託を、わざとらしさを排して表現しています。

水田さと子(富田靖子)

少女から女への微妙な移行期にあたる18歳を体当たりで熱演しています。
無垢で可憐ななかにも激しさを持つ、さと子を演じるのは難しかったかもしれません。
結果的に『あ・うん』の出演によって、富田靖子は女優としてのみずみずしい力量を示すことができたのではないでしょうか。

さと子というキャラクターは、向田邦子のイメージと重なってしまいます。
世間の常識よりも、自分のルールを優先し、感性の求めに応じてひたぶるに突き進まないわけにはいかないタイプの女性です。

『あ・うん』作品情報

監督降旗康男
脚本中村努
原作向田邦子
撮影木村大作
音楽朝川朋之
出演・門倉修造・・・高倉健
・水田たみ・・・富司純子
・水田仙吉・・・板東英二
・水田さと子・・・富田靖子
・門倉君子・・・宮本信子
・石川義彦・・・眞木蔵人
・まり奴・・・山口美江
上映時間113分
ジャンル恋愛
まめやかコラム

【コラム】大切なことほど言葉にしない「慎み」

『あ・うん』を見て、しみじみと感じたのは登場人物たちが言葉に対する慎みです。
とくに門倉とたみは、慎重に言葉を選んで相手に伝えるべきことを伝えますが、必ずしも本心を言葉にしているわけではありません。
いちばん大切なことは気持ちにフタをして胸に秘め続けています。

戦前の日本人がみんな門倉やたみのように自らの言葉に自重していたかというと、そうではありませんが、少なくとも向田邦子が描く人間たちは言葉に対する規矩(きく)と慎みを大事にしているようです。
僕はそんな人間の心ばえを美しいなと思います。

きょうび、ビジネスの世界でも個人の生活でも、「結論を先に述べろ」という風潮が強いです。
わかりやすい正解や回答が出ない事柄は容赦なく切り捨てられている。
その結果、暮らしに余裕が生まれたかというと、どうもそうは思えないのです。
常に何かに追いまくられて、焦慮や苛立ちを抱えながら生きている人は少なくありませんよね。

何もかもわかりやすくはっきりさせようとして、言語化のはばかられる事柄まで、無理に言語化して浅い領域でわかった気になっているだけ、ということが多いのではないでしょうか。

もしあなたがいつもカリカリとあわただしい気持ちで暮らしているなら、このあたりで少し立ち止まってみては?
結論を急がず、大切なことは言葉にせずに、じっくりと胸の中であたためる━━そんな日本人のたおやかな風儀を『あ・うん』は思い出させてくれるでしょう。

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