『ダーティハリー』(1971年)
主演:クリント・イーストウッド
破壊力抜群のマグナム44を手に、法では裁ききれない性格異常の卑劣な殺人犯に立ち向かう、一匹狼刑事の死闘を描いたバイオレンス・アクション。公開直後、評論家から激しい非難を浴びたものの興行的には大ヒット。続編も次々と作られることになる。監督ドン・シーゲル、主演クリント・イーストウッドの名を世に知らしめた刑事ドラマの魅力をご紹介!
- スカッとした刑事アクションがお好みの方
- 70年代アメリカのきな臭い雰囲気が好きな方
- 若かりしクリント・イーストウッドの代表作を見たい方
- 暴力性について見識を深めたい方
『ダーティハリー』一筆感想
あらすじ
サンフランシスコでビル屋上から無差別で市民を無差別に狙撃される事件が発生。「さそり」(アンディ・ロビンソン)と名乗る犯人は、警察に金を要求する。殺人課刑事のハリー・キャラハン(クリント・イーストウッド)は、上司のブレスラー警部補(ハリー・ガーディノ)の意向に従わず、自らのポリシーと勘に従って犯人を追跡。ハリーと新しく組むことになったチコ(レニ・サントーニ)は、行動を共にするうちに相棒が「ダーティハリー」と呼ばれることに納得する。
やがてハリーは、執念の捜査によって「さそり」を追い詰め、拷問を加えたことが露見。その結果、「さそり」は釈放され、今度はスクールバスを不法占拠し、海外への脱出のために飛行機を要求。謹慎処分を受けたハリーは、「それ見たことか」とマグナム44を手に、単独「さそり」に立ち向かう。
『ダーティハリー』解説・レビュー
シーゲル✕イーストウッドによる70年代アメリカ特有のざらついたバイオレンス
『ダーティハリー』に限ったことではありませんが、それにしても、70年代アメリカ映画の、あの独特のざらついた粗い粒子の映像美。次に何が飛び出してくるかわからない濃密な緊張感が堪えられません。とりわけ『ダーティハリー』は70年代初頭のアメリカのきな臭さが映像の隅から隅にまで豊かに横溢しています。バイオレンス臭でむせかえりそうです。
しかもこの映画の監督は、ドン・シーゲル。B級映画を作り続けて養われた技術と勘が、この名作バイオレンス・アクションの随所に生かされ、異様な迫力の緊迫をはらんだ映像に仕上げています。B級巨匠ドン・シーゲルと、マカロニ・ウェスタンで鳴らしたクリント・イーストウッドとの邂逅は、映画界にとっても大きな恵みになりました。
クリント・イーストウッドの映画づくりを根底から支え、映画的規範として仰いだのも、師であるドン・シーゲルであり、彼の手法です。B級の巨匠だからこそ、お行儀がよいだけの並のA級映画を凌駕して、後世の映画やドラマにまで影響を与えた刑事ものの定型を創造したといえましょう。日本の映画や刑事ドラマ、漫画も、『ダーティハリー』に染められた作品が少なくないように思うのです。
大衆に歓迎された、忖度なしのアンチヒーロー
小細工抜きの潔い直球勝負な娯楽バイオレンスを堪能できる『ダーティハリー』。公開当時は、かなり辛辣な評価だったようです。なんせハリー・キャラハン刑事、あのやたらと長い脚で法を跨ぎ越して、法では裁けない悪党にマグナム44をぶっ放すのだから、エンタメとしては痛快でも、教育的倫理的には不愉快と断じた人がいても不思議ではありません。刑事としてはいささか破天荒にすぎるのです。
しかし、1971年のアメリカは、口先だけの身ぎれいなヒーローではなく、あられもないほど本音で突き抜けようとするアンチヒーローを求めていたのではないでしょうか。ニクソンは金・ドル交換を一時停止にふみきり、ベトナム戦争は泥沼化。ニューヨーク・タイムズ紙が、アメリカ国防総省秘密報告書をスクープし(ペンタゴン・ペーパーズ暴露事件)、アメリカ社会全体はどことなく不穏な空気に包まれていました。ざらついた粗い粒子の映像にぴったりの世界だったのです。
そんな時代の空気を胸いっぱい吸い込んだアクション映画の主人公に、いちいち法的根拠など気にさせたら、映画そのものが野暮になります。『ダーティハリー』はあの時代でなければ生まれなかった映画だし、何よりも大衆がアンチヒーローを歓迎しました。評価は辛くても、興行成績はトップクラスでしたから。
『ダーティハリー』のキャストについて
ハリー・キャラハン・・・クリント・イーストウッド
”レジェンド” 、クリント・イーストウッドの映画人としての道筋を変えた作品といっても過言ではありません。個人的には『続・夕陽のガンマン』の彼が最高にクールで、その持ち味をたっぷり発揮していると思うんですが、世間的には「クリント・イーストウッド=ダーティハリー」なんでしょうね。
たとえ現実にはいないキャラクターでも、そのわかりやすさゆえに、強烈なアウトローのインパクトを放っています。不思議なもので、サンフランシスコの刑事に扮しても、この俳優は「土」とのつながりが切れません。
ということは、1971年のサンフランシスコが舞台でも、『ダーティハリー』は西部劇なのです。リボルバー拳銃も持っているし、しかもラストは「真昼の死闘」を彷彿とさせます。言葉で説明しすぎようとせず、どこまでもクールに、冷徹に、冷酷に犯人を追い詰めていく演技には十分に雄弁で説得力がある。俗情に流されない、スマートな反骨が、クリント・イーストウッドの余人には替えがたい持ち味といえるでしょう。
そして、あるかなきかのユーモアをまぶすところが、この俳優の芸達者なところ。ダーティハリー刑事の感情の起伏は小さいけれど、見る者の感情は大きくゆっさゆっさと揺さぶられるという不思議さ。
さそり・・・アンディ・ロビンソン
絵に描いたような卑劣漢です。深く魂を蝕まれて狂気に傾斜していくしかない殺人狂を力演しています。エキセントリックさにも不足はありません。ためらうことなく核心に踏み込んでいくハリー刑事におののきながら犯行を繰り返す様に、狂気の向こう側にある人間の深淵を垣間見させてくれます。アンディ・ロビンソン、実力のある俳優だと感じました。
それにしても、1971年は、スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』も公開されました。あちらに登場する若者も、良心や思いやりのかけらすらないという意味では「さそり」に引けを取りません。この時代のアメリカはよっぽどバイオレンスと馴染みがよかったのでしょう。それは慶賀すべきことなのか、嘆かわしいことなのか……
『ダーティハリー』作品情報
監督 | ドン・シーゲル |
脚本 | ディーン・リーズナー/ ジョン・ミリアス/ リタ・M・フィンク/ ハリー・ジュリアン・フィンク |
撮影 | ブルース・サーティーズ |
音楽 | ラロ・シフリン |
出演 | ・ハリー・キャラハン・・・クリント・イーストウッド ・ さそり・・・アンディ・ロビンソン ・ ブレスラー警部補・・・ハリー・ガーディノ ・ チコ・・・レニ・サントーニ |
上映時間 | 102分 |
ジャンル | アクション |
【コラム】映画を見て、自分の「暴力性」をチェックする
連続殺人鬼「さそり」の無惨な末路を悠然と見下ろす、はみ出し敏腕刑事ダーティハリーのまなざしはどこまでも冷徹で、冷酷です。アンチヒーローと言われるゆえんですね。この映画を見て、思わず快哉を叫ぶ人も少なくないでしょう。僕も『ダーティハリー』を見て、スカッとしますから。
ただ、この映画は爽快感を与えると同時に、見る者の中にある「暴力性」の自覚を迫るようなところがあります。北野武監督『その男、凶暴につき』を見たときにも似たような感慨を覚えましたが、僕たちは暴力を行使して正義をまっとうする主人公に肩入れしてしまうとき、わりと危険なゾーンに立ち入っているのではないでしょうか。
悲しいことに、その暴力性を同じ人間に向けてきた歴史があります。人間もまた生きものです。他の動物を食して生きている自然の一部である以上、暴力性を否定することはできません。
自分に内在する暴力性をごまかすことなく、謙虚に見据えて、ときおり自分の暗黒面に思いを馳せる。普段の自分のふるまいや言動に、暴力性が気付かぬうちに滲出していないか点検する。・・・そういう暴力性を怠りなくチェックする習慣があると、人として節度にかなった生き方になるのではないでしょうか。
『ダーティハリー』のような映画は、自分の中にある暴力性や暗黒面の存在を自覚させ、うっすら汗を滲ませるのにうってつけです。ただし、正視するに耐えない残酷シーンのある映画は御勘弁願いたいところですが。
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