映画『月の輝く夜に』感想と考察※月にたぶらかされてタガを外してみたくなる物語

『月の輝く夜に』

『月の輝く夜に』(1987年)

主演:シェール

第60回(1988年)アカデミー賞(主演女優賞/助演女優賞/脚本賞)獲得。ニューヨーク・リトル・イタリーを舞台にイタリア系バツイチ女性(シェール)を主人公に、彼女のロマンティックな恋愛と家族の肖像をハートフルに描いたドラマ。再婚に後ろ向きになっているあなたに一歩前進をうながすきっかけを与えてくれる作品になるかも…

この映画、こんなあなたにおすすめです!
  • 婚活に焦り気味、空回り気味の方
  • もう一度奮起したいバツイチ女性の方
  • イタリアンテイストのラブストーリーがお好みの方
  • 男性が複数の女性を追いかける理由を知りたい方
目次

『月の輝く夜に』感想

たまには……月に誑かされてみる
『月の輝く夜に』を見て感じた印象を筆のすさびで表現

月の光が男女の ” タガ ” を外させる……

原題は『Moonstruck』。月の魔性に触れて分別を失うという意味でしょうか。素敵なタイトルです。

リトル・イタリーの人間模様を描いているだけあって、アメリカだけどイタリア情緒がそこかしこに横溢しています。ヨーロッパ、とりわけイタリアでは、月の光が男女の ” タガ ” を外させるのは公然の秘密なんでしょうか。少なくとも『月の輝く夜に』では、ロマンティックなお膳立てとして効果的に取り入れられています。

ロレッタはまだ37歳。美しいバツイチ女性ですが日々の生活の疲れが容姿にあらわれていささかくたびた印象が拭いきれません。伴侶としてはさしたる問題もないジョニーから求婚されても、いまいち胸のときめきが感じられない。

しかしジョニーの弟、パン職人のロニーと出会い、ロレッタの深奥で息をひそめていた「女」がにわかに動き始めます。奇しくもその日が満月の夜だった、とくれば、楽しい起伏に富んだ展開にならないわけがない。もうとまらない。鎮まらない。行くところまで行くしかないという成り行きです。

シリアスな主題を、上質なコメディに組み替えるセンスの妙

『月の輝く夜に』の作品としての卓抜さ、展開のテンポの良さは、ひとえに脚本のセンスの良さによるところが大きいと思います。見ようによっては、この映画、けっこうシリアスですから。過酷な運命によって片手と婚約者を奪われたロニー。愛人との逢瀬を繰り返す、ロレッタの父コズモ。夫の浮気を見抜いてときに辛辣な皮肉を家族に浴びせながらもエレガンスを失わない、ロレッタの母ローズ。

しかし、この作品の基調色はそれほど暗いものでありません。登場人物たちの、ウィットとはまた違う ” 味のある会話 ” が、シリアスな主題を上質なコメディに組み替えているようです。だから映画を見ると後味がよく腹持ちがいい。(人によってはしばらく残るかもしれませんが)

ときに軽薄でときに情熱的でときに深みをもつセリフが、登場人物たちに豊かな表情を与えているようです。イタリア調の陽気な音楽と気持ちよくなじんで、耳目にずっと印象が残るんですよね。

たとえばなにげないシーンのなかで「破滅を経験して、自らの人生を守る方法を学ぶのよ」というセリフが胸に飛び込んできて、登場人物たちの複雑な感情や諦念をうかがい知ることができます。

たまには、月の魔性にたぶらかされて、血を騒がせてみるのも悪くない

『月の輝く夜に』のハイライトは、なんといっても、主人公ロレッタの「魅惑の変身」でしょう。ロニーとの一夜を過ごしたロレッタは、その夜に開催されるオペラに誘われ承諾します。彼女は、髪を染め、観劇にふさわしいドレスを新調し、女としての輝きを放つのです。まるで月の輝きに感応するように。

いくら日々の生活にどっぷり浸かってしまっても、そこは女性です、「美しくありたい」心持ちが消え失せるわけではありません。あるとき、何かがかちあって、「女」の部分に点火されることで、強烈に「美への渇き」を覚えるのでしょうか。渇きを潤すように貪欲に綺麗になってゆく。これまでの厳しい試練や困難や気苦労や失望や葛藤や迷走の明け暮れによって滲み出た、人間の ” 灰汁(あく) ” を見事に昇華させて目を見張るような美しさがあふれだす。

ロレッタを見ていると、女性ならば誰にでも「魅惑の変身」は起こり得ることなのではないかと感じました。「いまさら再婚なんて…」というバツイチ女性や、「いまさら結婚なんて…」となかば諦めている男性にも『月の輝く夜に』を見ていただきたいです。たまには理性をゆるめて、月の魔性に誑かされて、血を騒がせてみるのも一興かもしれません。味のある大人のたしなみとして。

『月の輝く夜に』のキャストについての考察

ロレッタ(シェール)

歌手としても一流ですが、女優としても一流であることを証明したのが『月の輝く夜に』でした。実に芸達者な人です。真面目だけど、どこか少女っぽい生硬さを残しているイタリア系アメリカ人女性をケレンみのない芝居で物語を盛り上げていきます。

やはり歌手という目で見てしまうのかもしれませんが、シェールの演技には流麗な歌心のようなものが感じられる。言葉や所作や物腰に、たおやかな律動があるのです。彼女を見ていると、自分の芸域がどこまで伸縮自在かを確かめるかのように、役者としての可能性をのびやかに追求している様子がうかがえます。ロレッタの人生を楽しみきって、味わいつくしているかのような演技。

とりわけ、ロニーと一緒に、プッチーニの「ラ・ボエーム」を観劇するロレッタの姿には心を打たれました。『プリティ・ウーマン』を見たときもそうでしたが、どうやら僕はオペラに涙する女性に弱いようです。

ロニー(ニコラス・ケイジ)

情熱的でワイルドなパン職人ロニーを演じています。撮影当時22~23歳くらいなんでしょうか、すでに怪優の片鱗がうかがえます。「エンジンかかったら誰にも止められないぜ!」と言わんばかりの。人によっては味付けが濃厚に感じる演技かもしれない。

だけど熱い想いは脈打っています。八方破れ的な男らしさの裏に見え隠れする「脆さ」や「ナイーブ」さの表出には好き嫌いが別れるでしょうが、僕は「多」としたいですね。この作品全体に対する、ニコラス・ケイジの「読解力」の確かさが感じられました。

ローズ(オリンピア・デュカキス)

未亡人ロレッタの母であり、夫の不倫に苦悩する妻を、柔らかい激しさをもって達演しています。内省的で高雅な面持ちには、どこか哲学者のような風情がなくもありません。

けっして矩(のり)を越えることのない穏健な芝居を見せる人ですが、型に収まることを慎重に避けて行動を読ませない、芸達者特有の密かなたくらみも感じさせます。

『月の輝く夜に』に深みを与える存在であり、掬すべき雅趣のある女優だと思いました。役者としてのインテリジェンスも申し分ありません。

『月の輝く夜に』作品情報

監督ノーマン・ジュイソン
脚本ジョン・パトリック・シャンレイ
撮影デビッド・ワトキン
音楽ディック・ハイマン/【テーマ曲】ディーン・マーティン「ザッツ・アモーレ」
出演・ロレッタ・・・シェール
・ロニー・・・ニコラス・ケイジ
・ローズ・・・オリンピア・デュカキス
・コズモ・・・ヴィンセント・ガーディニア
・ジョニー・・・ダニー・アイエロ
上映時間102分
ジャンル恋愛

ストーリー

ニューヨーク・リトル・イタリーに住むロレッタ(シェール)は37歳バツイチ女性。7年前に夫を亡くして家族と同居している。ある日、幼友達ジョニー(ダニー・アイエロ)からプロポーズされて、” ゲン担ぎ ” を気にしながら承諾する。

ロレッタは、ジョニーと疎遠になった弟ロニー(ニコラス・ケイジ)を結婚式に招待するため直接彼に会いに行くが、うっ屈した日々を送っていたロニーからキツい言葉でなじられてしまう。事故で片手を失い婚約者からさられたロニーにとって兄とロレッタは怒りと嫉妬の対象でしかない。

ロレッタはロニーの荒ぶる心をなぐさめているうちに衝動的に一夜を共にしてしまう。雲ひとつない夜空には皓々と月が輝き、やさしい光で地表を照らしていた…

【コラム】男が女を追いかける理由……

見ようによっては能天気なロマンティック・コメディとも受け取れる『月の輝く夜に』。深く鑑賞してゆくと、実に示唆に富んだ作品であることがわかります。右から左に受け流しそうな、ひとつひとつのセリフにも含蓄がこめられているから侮れない。

とりわけ、ロレッタの母ローズの以下のセリフは忘れがたい印象を残しています。

「男が女を追いかける理由……死への恐怖よ━━」

言い得て妙です。浮気をする夫への静かな怒りと男性そのものへの静かな諦観が感じられます。

ローズの言う「男が女を追いかける」とは、文脈から考えると男性が複数の女性を追いかけるという意味になるでしょう。ローズが喝破したように、ある種の男性が複数の女性を追うのは、受け入れがたい「死」への恐怖を糊塗するためかもしれません。それはとりもなおさず、「生」への恐怖であり、「生」を糊塗することでもありましょう。

しかし、男性がひとりの女性を一途に愛することを動機づけているのは「死」への恐怖ではありません。むしろ、生と死の受容であり、人が生きることへの力強い肯定です。

・・・と、僕は愚考するのですが、ローズが聞いたら「おだまりなさい。青二才!」とピシリとたしなめられるかもしれませんね。

再度、月の輝く夜にでも考察してみたいと思います。

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