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映画『用心棒』※手放しで楽しめる痛快時代劇!だけど甘くない、浅くない……

『用心棒』(1961年)

主演:三船敏郎/仲代達矢

1961年(第22回 )ベネチア国際映画祭最優秀男優賞受賞(三船敏郎)。全世界に影響を与えた、黒澤明の痛快時代劇!キレッキレのアクションに巧みなユーモアを取り入れて娯楽色を前面に打ち出した作品。剣の腕も立つが頭もキレる浪人を三船敏郎が力演。その後の時代劇の流れを変えた『用心棒』の破天荒な魅力を紹介。

用心棒
出典:Amazon.com

この映画、こんなあなたにおすすめです!

  • 胸がすくような時代劇が好きな人
  • 主人公が人間臭くないとのめりこめないという人
  • 世界の西部劇やその後の日本の時代劇に影響を与えた映画に興味のある人
  • 最近たるんでいるので、自分に気合を入れたい人
  • ピンチに怖気づきやすく、プレッシャーにめっぽう弱い自分を鍛えたい人

『用心棒』作品情報

監督 黒澤明
脚本 ・黒澤明
・菊島隆三
撮影 宮川一夫
音楽 佐藤勝
原作 ダシール・ハメット『血の収穫』
出演 ・桑畑三十郎・・・三船敏郎
・新田の卯之助・・・仲代達矢
・権爺・・・東野英治郎
・新田の亥之吉・・・加東大介
・造酒屋の徳右衛門・・・志村喬
・清兵衛の妻・・・山田五十鈴
ジャンル 時代劇
時間 110分

ストーリー

浪人・桑畑三十郎(三船敏郎)はうらぶれた宿場町にたどりつく。居酒屋の権爺(東野英治郎)から、この町が縄張りを争う二人の親分によって、きなくさい状況になっていることを聞きおよび一計を案じる。「馬目の清兵衛」一家、「新田の丑寅」一家、それぞれの親分をけしかけ双方戦わせて、町に平和を取り戻すという企てだ。

三十郎は、両方の親分に凄まじい剣の腕を見せつけ自分を売り込む。最初は清兵衛一家の用心棒に、のちに丑寅一家の用心棒になって形勢をうかがう。そんな三十郎に、旅から帰ってきた丑寅親分の弟、卯之助(仲代達矢)が不審を抱く……

『用心棒』動画配信を見ての感想

まめやか流筆のすさび

爽快な苦味!コクキレ抜群!ビールのようなのどごしの痛飲活劇

『用心棒』を見て感じた印象を筆のすさびで表現

固定観念をぶっこわす黒澤娯楽芸術の真骨頂

精悍で威勢のいい作品である。「日本中を夢中にさせてやれ!」と言わんばかりに、黒澤明が肩の力を抜きつつのびやかに楽しみながら作ったことがわかる。「黒澤組」がそれまで培ってきた職人芸の「技」と「粋」を緩急・硬軟使い分けつつ、この一本にぶち込んだかのようだ。

なにより、主役の三十郎の殺陣が素晴らしい。とくにクライマックスの殺陣シーンは、無駄がないのに凄みがあり、流麗なのに剣さばきが「絵」として印象に焼き付く。チャンバラの立ち回りにラグビー選手の動きを取り入れるという発想は、固定観念をこっぱみじんにぶっこわす黒澤明監督の真骨頂といえよう。

『用心棒』の影響は、国内だけにとどまらず、海外の映画にも影響を与えたというのもむべなるかなというところ。(その筆頭が、セルジオ・レオーネ監督『荒野の用心棒』である)。単純な勧善懲悪ではなく、よりリアルで複雑な陰影や翳りのあるヒーロー像が造形され、奥行きのある作品が増えていった。

人間の本性の描き方に一切の妥協なし

とにかく、人間の描き方がリアルで濃密だ。迫力のあるモノクロ映像も与って、一度見たら忘れられない印象を残す。中にはステレオタイプな人物も登場するが、弱さや愚かさや打算や不純といった人間の本性の描き方には一切妥協がなく、ていねいに彫琢されている。

とりわけ、三船敏郎演じる桑畑三十郎の描き方は、それまでの時代劇のヒーローの定型におさまりきらなほど型破りだ。権爺(東野英治郎)に、金もないのに「飯を食わせろ」と悪びれずに言う。ばくちで身上をつぶし借金のかたに女房をとられた農夫を悪しざまにののしりながらも、一肌脱いで女房を助け出す。ことほど左様に、ひとりの人間の中にある陰影や起伏、アンビバレンスを、ときに放胆な筆運びで、ときに繊細なタッチで浮かび上がらせている。

スタイリッシュでスケールの大きい作品だが、黒澤明は人間存在の ”灰汁”(あく)をすくい取ることををおろそかにしない。身もフタもないほどあけすけな人間存在が、迫真の映像とあいまって、見る者の想像力に働きかけて記憶に深く刻まれる。

爽快な苦味!コクキレ抜群!まるでビールのような時代劇

2時間どっぷり、頭のテッペンからからしっぽの先までぎっしりエンタメが詰まっている。だが見終えたら何も残らないという種類の映画ではない。観客の心のなかにどぎつい ”置き土産” を残していく。

 ”置き土産” とは何か?
見終えたあと、しんとした手応えが残るのだ。
「ああ、おもしろかったなぁ!」では終わらない、確かな反動が残っている。それは、苦みの利いたヒューマニズムといえばいいだろうか。『用心棒』の作品世界にユニバーサルな奥行きと広がりが感じられるのも、ただの時代劇ではなく普遍的な人間ドラマを志向しているからだろう。

この映画には、黒澤明というひとりの芸術家のこんな気概が脈打っているかのようだ。
娯楽と言っても、甘くて浅い作品では観客は納得しないだろう。映画と言っても、見終えて何も残らない作品では他ならぬ俺自身が納得しないだろう━━
見る者を熱狂させて呪縛してしまうほどの『用心棒』の凄みは、そんな黒澤明の並大抵ではない矜持によって賦与されたものだろう。

話は変わるが、1970年、「男は黙ってサッポロビール」という、ずいぶん一本気で勇み肌なコピーのコマーシャルが一世を風靡した。イメージキャラクターとして起用されたのが三船敏郎。だからというわけではないが、『用心棒』の印象はビールに重なってしまう。苦味爽快!コクキレ抜群!後味すっきり!だけど記憶にしっかと刻まれる。きっとあなたも痛快痛飲してしまうだろう。男は黙って『用心棒』。

『用心棒』のキャストについて

桑畑三十郎(三船敏郎)

「苦み走った壮年」という形容がぴったりの三船敏郎。『用心棒』撮影当時は40歳。ギラギラと脂のたっぷり乗った、むせかえる濃厚さ。世界が刮目したのもうなずける。この人の抱えた「人間的マグマ」の ”凄み” と ”圧” がとにかくすごいのなんのって。白黒のスクリーンを通してグイグイ伝わってくる。もし当時の三船敏郎に一喝されたら、僕みたいなもやし男子なら、 ”圧” だけで弾かれてもんどり打って倒れるだろう。

桑畑三十郎は、ぶっきらぼうで苦虫を噛み潰したような風体だが、虚無的でアンヒューマンな印象はない。むしろ ”人好きのする不機嫌さ” といえるかもしれない。がさつな野性味が、この人をチャーミングで親密な存在にしているようだ。刀を持たせばめっぽう強く頭もキレる男。なのにどこかしら稚気もあり、ただ豪快で野放図なだけのキャラクターにはない人間的な奥行きと広がりを感じさせる。

新田の卯之助(仲代達矢)

どんなに冷酷非情でも、仲代達矢の表現したニヒルさは嫌いにはなれない。
説得力のあるニヒルといおうか。この人の殺気の放ち方はスマートで明敏。三十郎と好対照をなしている。少し前のめりな演技が、かえってシャープな殺し屋のイメージを強めて、”むくつけき” 存在感を放つことに成功しているようだ。自分の芝居を、第三者目線で冷徹に突き放して見えている人にしかできない演技だと思う。

新田の亥之吉(加東大介)

「いい俳優さんだなぁ…」としみじみ感じてしまう。
悪役ながら、愉快なコメディリリーフとして、この殺気立った『用心棒』の世界に、一陣の涼風を送り出す存在だ。新田の卯之助がニヒルで怜悧である以上、亥之吉まで冷酷なキャラクターにしてしまうと、作品としての『用心棒』にのびやかさが損なわれ、見る者に過緊張を強いるだけの映画になるだろう。つまり、「緩和」が不足してしまうのである。加東大介が表現した丸みのある「悪」の意義は、『用心棒』にとってけっして小さいものではない。

権爺(東野英治郎)

宿場町を牛耳る二人の親分のいずれにも与することなく、自らの信念に沿って生きる居酒屋の親爺を熱演。その存在は、きなくさい宿場町の中で芳醇なアクセントを効かせている。この権爺という役柄は、反骨の気概にあふれた役者さんでなければ清新な息吹を吹き込むことができないのかもしれない。端倪すべからざる役者、東野英治郎を起用したことは、『用心棒』の成功に深く与っていると思う。

まめやかコラム

ピンチを脱するための要諦━━ それは「いかに面白がるか」

『用心棒』は実に示唆に富んだ作品です。僕は、ピンチを脱するための戦略をこの映画から学びました。

桑畑三十郎は、清兵衛一家と丑寅一家の抗争を見物して、「面白くなってきたぜ」というセリフを言い放つのですが、権爺からすると面白いどころか剣呑なことこのうえありません。

「面白がる」━━ これが強さだと僕は思うのです。
「面白がる」という能力は人間のパフォーマンスを高めるのではないかと。

たしかにピンチに陥った状況を面白がれることなんて常人には難しいでしょう。それに、なんでもかんでも見境なく面白がっていると「不謹慎な人間」と非難されてしまいそうです。しかし、「面白がる」とは、ひっきょう、「対象から距離を取って全体を視野に入れ、別の見え方を試みる」と考えたら、あながち奇矯なふるまいとも言えません。

想像してみてください。
ピンチに陥った状況から少し距離を置けば、全体像を把握しやすくなりませんか。全体像がわかれば、冷静に問題解決のいとぐちを探り、思考をめぐらせることができますよね。あるいは状況打開の打ち手がひらめくかもしれない。

『用心棒』の中で三十郎は窮地に陥りますが、今の状況を「面白がる」ことで機智を働かせて形勢を逆転させていきます。最後の大立ち回りでも、どう考えても形勢不利なのに、三十郎は不敵な含み笑いを浮かべているように僕には見えました。「面白がる」ことで全体を俯瞰し、確実に敵を討つために。

僕も仕事やプライベートで、ピンチに陥ったときは、「面白くなってきたぜ」と含み笑いをするように心がけています。冷静に意思決定できることが多いし、自分でもびっくりするくらいうまくトラブルを乗り越えたことも一再ではありません。

でもごくまれにですが、逆効果なこともあったことは正直にお伝えしておかなければいけません。
サラリーマン時代、勤め先で甚大なヒューマンエラーをやらかしてしまったんです。
「面白くなってきたぜ」と言わんばかりに、不敵な含み笑いを浮かべてたたずんでいたのですが、悲しいかな三船敏郎さんのような凄みが足りないために、「お前、ミスやらかして、なんやその態度は!」と周囲の人間から激しく叱責されたことがあります。
今では良き思い出です。

あばよ

それではまた